一般公募企画の「冲方塾」の小説部門のうち、「マルドゥック・シリーズ」を題材にした作品を集めた公式二次創作集。冲方氏と作家の吉上亮氏を除けばアマチュアの方々の短編ばかりなのですが、さすがに「公式」だけあって、なかなかの力作ぞろいです。
「explode/scape goat」源條悟
ボイルドがエンハンスされる前の出来事。彼によって誤爆された男にも、戦場という虚無の荒地を彷徨った物語があったのです。あるいはそれは誤爆ではなかったのかもしれません。
「Ignite」木村浪漫
マルドゥック・シティで10年前に発生した多重交通事故の際に、セキュリティシステムの制御を取り戻そうとパソコンをたたき続けていた少年は英雄だったのでしょうか。潜入捜査をしていた娼婦の殺人事件をきっかけに、物語が再び動き出していきます。
「さよならプリンセス」菅原照貴
本編ではバロットによってちょっぴり言及されただけのプリンセスの物語。反転転身技術の実験台となって死んだ弟の復讐を誓った少女は、高級娼婦プリンセスとなってその時の医師を探し出すのですが・・。
「マルドゥック・ヴェロシティ"コンフェッション"─予告篇─」八岐次
『ヴェロシティ』の前日譚ですね。既に09メンバーであった盲目の覗き魔クルツと不可視の猟犬オセロットが、麻薬組織のスパイ容疑がかけられた女性リタを保護。殺人蜂の群れを操るエンハンサーの襲撃を受けますが。リタもまた異能を有していたのです。
「doglike」滝坂融
これもクルツとオセロットの物語。首輪と引き綱をつけたごく普通の盲導犬を装って街に出るのは、オセロットの偽装なのですね。でも彼はこういう生活も好きなようです。2人に平和な老後は訪れなかったのですが。
「The Happy Princess」近藤那彦
オリジナル・キャラの物語。元研究者の事件屋の相棒ヘリオニはエンハンサーであるラヴェンナ・ドーネイター。彼女の能力はどんな人間にも適応する肉体なのですが、自己再生能力はありません。クローンの聖母を濫用し続けることは、ヘリオニにかけられた呪いのようです。
疑似重力が使われた痕跡が残る現場を捜査する刑事と鑑識員は、何重にもセキュリティがかかったボイルドという名前にたどりつきますが、彼はもう死んでいるというのです。高い適合性が必要とされる能力を有する者が、ほかにも存在しているのでしょうか。彼らを救う謎の少女は、もちろんバロットですね。
「人類暦の預言者」吉上亮
出会った人間の過去と未来が見えてしまう異能を授かった男が、自分の死期を悟って全ネットワークに知覚を拡張した時に、何を知ることができたのでしょう。それは知ってはいけない知識なのですが。
「マルドゥック・スラップスティック」坂堂功
なんとバロットとウフコックの中身が入れ替わってしまう。彼らを救いに来たのは魔法少女ベルとなったベル・ウイング。本書の中で唯一のコミカルな作品です。
「マルドゥック・クランクイン!」渡馬直伸
『マルドゥック・スクランブル』の実写映画化を依頼された新米監督は悩みます。ほとんどあらゆる場面が実写不可能と思える中でも、最悪なのはバロットを演じきれる女優を探すこと。とても不可能としか思えませんが、不死の作品は不死性を帯びた存在を呼び寄せるようです。
「五連闘争」三日月理音
紙の書物が消滅した23世紀。書物から抽出したキャラをネットワーク上で戦わせることが流行していました。突如召喚されたバロットとウフコックは、自らの物語を守るために「素描者」と「裁断者」と戦います。
「オーガストの命日「explode/scape goat」冲方丁
法律の道を志してスクールに通うバロットが、課題として書き上げたレポートは、マルドゥック・シティの暗部を見事に描き出していたのです。タイトルは「ウェストベイの赤ん坊射殺事件について」。
2021/4