りぼんの読書ノート

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マルドゥック・スクランブル(冲方丁)

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ウィリアム・ギブソンニューロマンサーに始まる「サイバーパンクSF」が日本文化の影響を受けていることは知られていますが、本書はそのひとつの到達点であるように思えます。

一見華やかでありながら極端な貧富の差を併せ持つ未来都市マルドゥック・シティ。禁止された科学技術の使用が許可される緊急法令「スクランブル09」の発動によって死から蘇った少女娼婦ルーン・バロットが、自らの存在証明を求めて闘いに挑む疾走感あふれる物語。

金属繊維の人工皮膚をまとうことによって彼女が得たものは、高度な電子干渉作能力と、驚異的な空間認識能力。彼女とともに闘うのは、万能兵器として開発された人語を解するネズミのウフコックと、パンク科学者のドクター・イースター。彼女の前に立ち立ちはだかるのは、宇宙空間の超兵士となるべく擬似重力発生能力と無睡眠化を得た見返りに感情を失ったディムズデイル・ボイルド。かつては「09」でウフコックとコンビを組んでいた男。

これまで力に押しつぶされて意識を閉じながら生きてきたバロットは、はじめて得た強大な力に陶酔して、力を濫用してしまいます。それでもウフコックらとの信頼関係を支えにしながら立ち直り、成長していく過程が、本書の生命線。しかも、彼女を成長させるのは味方だけではないんですね。彼女を焼き殺そうとしたシェルの犯罪を追う過程で決定的なポイントとなった、カジノのディーラーたち、アシュレイやベルとの真剣勝負が、彼女を進化させたのですから。もちろんボイルドとのぎりぎりの対決は、彼女に決定的な影響を及ぼします。

それと比べると黒幕的な大物としての役割を担うシェルも、オクトゥーバー社の重役も、宇宙戦略研究所の創始者「三博士」のひとりであるフェイスマンも、少々影が薄くなってしまうのは仕方ないのでしょう。やはり強烈なのは「現場」なのです。

本書の「世界観」は「サイバーパンクもの」として少々類型的かもしれませんが、人物造型もデティルも素晴らしい作品です。あるいは天地明察光圀伝よりも優れた作品なのかもしれません。エンタメ性では、間違いなく上です。

2013/5