りぼんの読書ノート

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パンク侍斬られて候(町田康)

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「街道の茶店で休んでいる老人と娘の2人連れに浪人者が歩み寄る」という、いたって普通の時代劇のような始まりですが、直後にパンクが炸裂。浪人はいきなり老人を斬殺し、それを咎め藩士に対して「彼らは藩に災厄をもたらす『腹ふり党』だと言ってのけるのですから。 

 

「腹ふり党」とは、「サナダムシの胎内である現世から脱出するには、サナダムシの校門から排出される必要があり、その手段こそが一心に腹を振って踊ることだ」という新興宗教であり、これが流行した藩の経済は止まり、治安は乱れ、ついには滅亡に至るという恐ろしいものなのです。しかし超人的剣客という浪人・掛十之進が切った老人は、全くの無関係でした。 

 

しかし無名の老人の死などは捨て置かれ、「腹ふり党対策のエキスパート」と売り込んだ十之進は、藩に採用されてしまいます。しばらくは俗にまみれた登場人物たちの、くだらない発言やあほらしい行動が続きますが、次席家老が猿回しに左遷されるあたりから物語は狂気じみてくるのです。 

 

隣藩で弾圧されて滅んでいた「腹ふり党」を保身のためにあえて輸入したところ、マッチポンプの域を超えて邪教は燎原の火のごとく広がってしまうなどは序の口。狂ったように腹を振り続ける庶民たちは命を投げ捨てるように城攻めを敢行し、超能力者が登場し、人語を解する猿軍団が大量殺戮を繰り広げていくのです。しかも教主による出まかせだったはずの「腹ふりによる脱出」が実現していくという無茶苦茶さ。 

 

しかし本書の本当の凄みはラストシーンにあるのかもしれません。パンク侍こと超人的剣客である掛十之進が、なぜ斬られることになってしまうのか。この物語に決着をつけたのは、正統時代劇のような冒頭シーンから続く、まっとうな出来事だったのです。狂気たっぷりの「餡」は、古式ゆかしい「薄皮」に包まれていたようです。 

 

2020/7