塩野七生さんの新シリーズは「ギリシア」でした。『ローマ人の物語』の第1巻の時代に興隆と衰退のサイクルを終えてしまったギリシアを、著者は「短距離走者」と呼び、「民主主義をはじめ、あらゆる概念を創造したけれど、パクス(平和)という概念だけは作りあげられなかった」と冒頭で概括します。本書が戦争間の休戦期間であった古代オリンピックから始まるのは象徴的ですね。
第1巻では、リクルゴスの「憲法」で体制を硬直させてしまったスパルタと、ソロン、ペイシストラトス、クレイステナスと柔軟な改革を継続させていったアテネを対比させながら、ペルシア戦役を描いていきます。第1次ペルシア戦役でのマラトンの会戦、第2次ペルシア戦役でのサラミスの海戦、そして翌年のプラタイアの陸戦で、非勢のギリシアはなぜペルシアの圧倒的な大軍を破ることができたのか。そして「ペルシア戦役こそが、ヨーロッパとアジアを分けることになった」という著者の指摘は、相変わらず新鮮です。
本書の表紙ともなっているサラミスの英雄・テミストクレスに対する著者の姿勢は、カエサルやフリードリヒ2世に対する姿勢と同じです。要するに時空も民族も越えて、惚れ込んでいるのです。「過去と未来の焦点」となる主役級の人物たちは、「独創的なリアリスト」という点で、なんと似通っているのでしょう。
しかし「パクス」を作り上げられなかったギリシアは、英雄を否定します。マラトンのミリティアデスも、サラミスのテミストクレスも、戦後には祖国アテネを追われてしまうのです。プラタイアのパウサニアスに至っては、スパルタの官僚機構「エフォロス」によって獄死させられるという悲劇が待ち受けていました。しかも、歴史家ツキディデスが偽造文書を本物と認めてしまったせいで、その後2000年以上も「裏切り者」の汚名を着せられるという最悪のオマケ付きで。
2017/8