りぼんの読書ノート

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物語アラビアの歴史(蔀勇造)

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ひとくちに「アラビアの歴史」といっても、範囲は広いし時代も長い。本書では、地域的にはシリア高原以南のアラビア半島に限定し、時間的には古代から現代までをカバーするものの重点はイスラム以前の古代に重点を置いています。史跡も文献も限られているために推論も含まれるのですが、大いに勉強になりました。 

 

アラブについて記された最初の石碑は紀元前九世紀に遡るとのこと。世界最古のメソポタミア文明エジプト文明が紀元前30世紀に栄えたことと比較するとかなり遅いのですが、とにかくそれ以前には何も残っていないようです。アラビア半島の国家の名が史料に現れるのもその頃ですから、それまでは日本でいう縄文・弥生時代のようなものだったのでしょう。 

 

はじめてアラビア半島に成立した国家は「シバの女王伝説」で名高いサバァ王国であり、現代のイエメンにあたる地域にありました。近隣のアウサーン王国やカタバーン王国を破って地域を治め、周辺世界との海上交易や灌漑農業で栄えたとのこと。中国の史料のみに頼らざるを得ない日本の古代史と比較すると、ペルシア湾対岸のイラン、紅海対岸のエリトリアエチオピア、北部のメソポタミアと深い関係があったわけです。 

 

しかしそれを一変させたのはアレクサンドロス大王の東征であり、その後を継いだセレウコス朝プトレマイオス朝の南方政策でした。そしてローマ軍のアラビア遠征によって、独立国家としての地位を失っていきます。もっとも周辺の諸文明はアラブ・ベドウィンを完全に支配できず、略奪を怖れて交易ルートを北部へと移動させ続けていたようです。現ヨルダンのペトラは、そのためにルートを外れて衰退したとのこと。 

 

そして7世紀になるとイスラム教が生まれ、紅海沿岸のメッカ、メディナを起点としてアラブ人の世界は瞬く間に広がっていくのです。もっとも人口の多くが戦士として北部やアフリカに流出してしまい、本拠地であるアラビア半島はかえって過疎化したというから皮肉なもの。その後は宗教センターとしての地位を保持するだけになってしまいました。 

 

その後のオスマンによる支配、第一次大戦後の独立、石油の発見による富の流入イスラエル成立による紛争激化、イラン・イラク戦争湾岸戦争を経た後の複雑な政治状況は、現代史の分野ですね。もっとも現代のアラビア各国元首たる諸王家は、18世紀から19世紀にかけて地域権力を有した氏族であり、この地域で民主国家が生まれたことはないことは記憶しておくべきでしょう。 

 

2020/2