りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ダブル SIDE B(パク・ミンギュ)

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2冊同時刊行の短篇集が「サイドA」と「サイドB」と名づけられているのは、表紙の絵からも明らかなようにLPレコードを模しています。そういえば著者の作品には、音楽が多く登場しているのです。 

 

「昼寝」 

妻を亡くして老人ホームに入った男が、高校時代に片思いしていた初恋の女性と再会。しかし彼女は認知症に罹っていて、当時はとるに足らなかった下品な同級生の男にのほうに惹かれているようなのです。思いがけずも三角関係に陥った男は、認知症のマドンナを守れるのでしょうか。実際に認知症に罹っていた母に送られたという物語は、情感に満ちた作品です。 

 

「ルディ」 

弱者たちを平等に憎み、虐殺して、邪気のない笑顔を見せるルディは、「アメリカというコメディ」を象徴する人物なのでしょう。もっとも著者は否定するでしょうが。 

 

ビーチボーイズ 

兵役を控えた4人の若者たちを待っているのは、決して明るい未来であろうはずがありません。「ビーチボーイズ」とは、「地の果てまで押し流されてきたが、ここを離れることもできないまま海岸に浮かんでいる」悲しい存在だそうです。60年代アメリカの「サーフィンUSA」とは真逆です。 

 

アスピリン 

韓国上空に突然浮かんだ全長数kmの巨大な白い物体は、純然たるアスピリンの塊でした。やがて世界の各地にも拡散するアスピリンとは、何を意味しているのでしょう。韓国発の頭痛薬? それとも「対応できないけれど適応してしまう」国民性? 

 

「ディルドがわが家を守ってくれました」 

ポルノチックなSFのようですが、この作品のテーマはIMF危機ですね。手段はどうあれ、家を守れたのだから、ハッピーエンドということなのでしょうか? 

 

「星」 

ドーデの『風車小屋だより』に収められている短篇「星」のカバーです。ステファネットお嬢さんに片思いの純愛を捧げた羊飼いの少年は、ここでは女性に貢いだあげくカード破産した男として描かれています。本書の中で一番美しい作品かもしれません。 

 

「アーチ」 

橋のアーチから飛び降り自殺を試みる男と、それをやめさせるために説得を続ける警察官。どちらも社会の上層へはたどり着けない男たちなのですが、朝鮮戦争の大量死を写した写真にドキッとさせられます。 

 

「膝」 

紀元前一万七千年。生まれたばかりの赤ん坊と飢えて乳も出なくなった妻を洞窟に残し、獲物を求めて雪原をさまよう男が最後に得た「肉」とは何だったのでしょう。小説の舞台とされる地域が、現在の北朝鮮北東部と謎解きされると、急に恐ろしくなってしまいます。もちろん著者は、人類の普遍的な物語として描いたのでしょうが。 

 

2020/2