りぼんの読書ノート

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興亡の世界史1.アレクサンドロスの征服と神話(青柳正規編/森谷公俊著)

「時代ごと国ごとではなく広い視野でとらえ直す」との趣旨で編纂された世界史シリーズの第1巻は、アレクサンドロスでした。第0巻の「人類文明の黎明と暮れ方」で古代文明についての概括は済んでいるわけですが、通常その直後に来るはずの古代ギリシャが飛ばされているのは何故なのでしょう。

 

著者は「ギリシャはオリエントの辺境であった」と述べています。前8世紀に東地中海に及んだアッシリア帝国の影響を受けて誕生したギリシャ独自の文化は、前6世紀に大帝国を築き上げたペルシア帝国の「周辺」でしかなかったというのです。ギリシャペルシア戦争に勝利したことは、鎌倉時代の日本が元寇を退けた程度のことなのかもしれません。ギリシャで花開いた独自の思想が世界的に影響を及ぼすのは、後継者であるローマの業績ということなのでしょう。

 

では先進国ペルシアやエジプトを倒し、地中海からインダス川にいたる大帝国を築いたアレクサンドロス大王は世界にどのような影響を及ぼしたのでしょう。大王の軌跡を丹念にたどった著者は、大遠征が広めたとされるヘレニズムについて、オリエント色が濃いものとして結論付けています。「進んだギリシャ文化を遅れたオリエントに持ち込んだ」との認識は欧州至上主義の現われにすぎず、たとえばペルシャもエジプトも大王以前と以降で、国家統治のあり方と社会の基本的な仕組みに大きな違いはないというのです。各地に建設されたアレクサンドリアの名を冠した都市も、エジプトを例外として短期間で消滅しているとのこと。もっともこれは大王が一気に別世界を開いたと認識を否定いただけのことであり、大遠征と後継者たちによるヘレニズム国家群が東西交流を進展させ、次代の発展の土壌を作り上げたことに疑いの余地はありません。

 

そもそもアレクサンドロスは何のためにあれほどの大遠征を敢行したのでしょう。そこにロマンティックな動機を求める推論や小説も多いのですが、はっきりしていることは遠征軍の行為は大規模な侵略であったということ。都市の略奪や破壊、住民の殺害や絶滅が各地で行われたことは記録の上から確認できるようです。英雄的な軍事指導者であった大王は、生来の征服者であり独裁者であったのか。それとも優れた建設者や統治者となるにはあまりにも早く亡くなっただけのことなのか。議論は尽きませんが、仮定の話はもはや歴史ではありませんね。

 

2022/6