りぼんの読書ノート

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短くて恐ろしいフィルの時代(ジョージ・ソーンダーズ)

寓話的で短い作品ですが、テーマは「ジェノサイド」であり、ぞっとさせられてしまいます。国民が1度にひとりしか住めないほど小さな「内ホーナー国」と、その周りを囲んでいる巨大な「外ホーナー国」の住民は、機械の部品は動植物のパーツを組み合わせたような奇妙な生き物ですが、名前も個性も有しています。ある日外ホーナー国のフィルは、内ホーナー国の住民が国境からはみ出しているのを見て激怒します。彼は内ホーナー国に対する憎しみを熱狂的な演説として語ることで外ホーナー国の民衆を魅了し、独裁者へとのし上がっていくのです。税金の徴収、突発的な武力衝突、内ホーナー国からの侵略者や内ホーナー国に対する同情者の処刑・・。

 

人間以外の生き物を登場させた風刺的な寓話というと、スターリン時代を痛烈に皮肉った『動物農場ジョージ・オーウェル)』が思い出されますが、本書も同様に「記憶に残る1冊」です。抽象化された寓話は、人間がより賢明な生き物にならない限り、時代も国も超えて生き続けてしまうのでしょう。イソップやラ・フォンテーヌの寓話がそうであるように。

 

著者は本書について「自分たちの敵をモノに貶めておいてから大手を振って抹殺しようとする人間の習性の象徴として書いた」と述べています。著者はヒトラーや、ルワンダボスニアを念頭に置いて書き始めたそうですが、執筆途中でブッシュ政権によるイラク侵攻が起こり、新たなイメージが付け加えられたとのこと。2021年6月に文庫版の後書きを書いた翻訳者の岸本佐知子さんは、トランプ政権の顛末を目にして「15年前に書かれた本書は古びるどころか、むしろ今年書かれたのでないことが不思議なくらい」に「今」を感じさせると述べています。しかしロシアのウクライナ侵略が起こったことで、本書は新たに悲しい意味を有してしまいました。

 

2022/6