政治的空白地帯であったアラビア半島において開祖ムハンマドによって確立されたイスラム教は、それまでにない形の世界帝国を生み出しました。新興宗教によって統一された勢力は、たちまちのうちに半島北方のビザンツ帝国とササン朝ぺルシアを圧倒し、西はアフリカ大陸の地中海沿岸一帯からヨーロッパのイベリア半島へ、東はペルシアを超えて中央アジアまでの一帯を制圧するに至りました。しかもそれがわずか1世紀の間に成し遂げられたのです。
まずはイスラム帝国史を簡単に記しておきましょう
・610年頃:ムハンマドがメッカで神の啓示を受ける
・630年:メッカ無血開城
・634年:「大征服」の開始
・636年:ヤルムークの戦いでビザンツ軍を破ってシリア征服
・642年:ニハーワンドの戦いでササン朝軍を破ってイラン征服
・661年:第4代カリフ・アリーが暗殺され、ウマイヤ朝が始まる
・670年:チュニジア征服
・704年:中央アジア征服
・711年:イベリア侵攻
・732年:ポワティエの戦いでフランク軍に敗れて西欧で北進が止まる
・749年:アッバース朝が始まる
・850年頃:イスラム帝国の最大版図
・~1200年頃:各地でイスラム王朝が独立
・1258年:モンゴル軍によってアッバース朝滅亡
・1922年:オスマン朝スルタン廃止(最後のイスラム帝国の消滅)
著者は、「イスラム帝国が優れていたのは、短期間に大きな版図を征服したことよりも、それを統治し、人々がそこで繫栄できるような帝国を建設した点にある」と述べています。その根本原理は信仰のために身を捧げる「ジハード」というのですが、「コーランか剣か」のイメージがつきまとう「剣のジハード」は、早い時期に統治者と国家の専権事項となったとのこと。信徒に残された「内面のジハード」と「社会的ジハード」の精神が、世俗的な共同体を運営する社会原理「ウンマ」を作り上げたという説明は少々わかりにくい。より詳細な解説を読む必要がありそうです。
ただその一方で、イスラム帝国の消滅によって国家権力の手を離れた「剣のジハード発動権」が世界に与えた影響は、「わかりにくい」で済まされることではありません。植民地化された地域におけるレジスタンス、イスラエルとパレスチナの問題、イラン革命、アルカイダと過激派の登場、アフガニスタンのタリバーン政権などは、現代史の一部なのです。イスラム教の精神は、民族主義や社会体制などの近代的な思想によって消滅したわけではないのです。
2022/8
(追記)博物館であったイスタンブールのアヤ・ソフィアが2020年7月から、再びモスクとなっていたことをTV番組で知りました。トルコ改めテュルキエの民族主義政策・親イスラム政策の行方も注目の必要がありそうです。