りぼんの読書ノート

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興亡の世界史12.インカとスペイン帝国の交錯(青柳正規編/網野徹哉著)

インカというと、中世期におけるアンデスの支配者であり、スペインによって征服された先住民族王朝とのイメージが一般的でしょう。しかし文字を有さなかったインカの歴史は、征服者であったスペインのみならず、被征服者であったインカの末裔によっても創作・歪曲されている可能性が強いとのこと。本書はアンデスで交錯したインカとスペインという2つの帝国の歴史を追うことによって、両者の実像を多面的にとらえ直そうという野心的な試みです。

 

インカの王家は12代続いたとされますが、実在が確実視されているのは最後の3人だけのこと。南北に広いアンデスでは各地に独立した文化が営まれており、クスコに発したインカ王朝による統一は1400年以降と見ることが正しいようです。インカがアンデスを支配したのは、征服者ピサロによって最後のインカ王アタウルパが処刑された1532年まで、100年程度のことなんですね。しかも専制的であったインカの支配地では、被征服民族の反乱も頻発しており、スペイン人が登場した時期には、インカは成長の限界に達していた模様。実際、自発的にスペイン人征服者に従った非インカ先住民族も多かったようです。

 

一方のスペインも非寛容な帝国として誕生しました。歴史的な年となった1492年には、グラナダ陥落によるレコンキスタ完了、ユダヤ人追放令の発令、コロンブスによる新世界発見という大きな出来事が立て続けに起こっています。著者は、ユダヤ人排除の思想とアンデス先住民族支配構造は同根であると述べています。それを象徴するのが、大西洋の両端に存在した異端審問所であったとのこと。「スペインに従順な12のインカ王家」も支配のツールとして生み出されたようです。

 

18世紀末になってスペインのアンデス支配は揺らぎ始め、インカの末裔を名乗る者たちの反乱が連続して起こります。最終的には、ナポレオン軍に従軍経験を持つシモン・ボリバール将軍らのクリオーリョ(南米生まれの白人)主導でアンデスは独立を果たす訳ですが、いまなおスペイン支配時代の残渣が南米には色濃く残っているように思えてなりません。アフリカから連れてこられた黒人や、イベリア半島から追放されてポルトガル経由でやってきたユダヤ人や、多くの混血の者たちなど、多様性豊かな社会となることが望まれているのですが。

 

2022/11