りぼんの読書ノート

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プラハの墓地(ウンベルト・エーコ)

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ユダヤ人の長老たちがプラハの墓地に集まって世界征服計画を決議したとされる『シオン賢者の議定書』は、明白な偽書でありながら、ヒトラーに支持されてナチスホロコーストの根拠とされた文書です。本書は、希代の文書偽造家であったシモニーニという人物の回想録という形で、『議定書』の成立過程を語った作品です。

ナポレオン戦争によって幕を開けた19世紀のヨーロッパ史は、覚醒した諸民族が民族国家を樹立するための模索を続けた時代として位置付けられるのでしょう。フランスでは頻繁に政治形態が変わり、ドイツ・イタリアでは統一が進み、ロシアでは革命の土壌が生まれ、バルカンではオスマントルコの衰退に乗じて独立の連鎖が起こる中、各国の支配者によって「民族共通の敵」とされたのがユダヤ人でした。

本書の主人公シモニーニもまた、このような歴史の流れとは無縁ではあありません。イタリア北部のピエモンテに生まれ、文書偽造の腕を買われて各国の諜報部や秘密警察から接触を受け、ガリバルディのイタリア統一運動やパリ・コミューンとも関わっていきます。その中で「人は自分が信じたいものを信じる」のであり、中でも「娯楽小説のような陰謀論が好まれる」という確信を持つに至ったシモニーニは、自らの偏見と差別思想を一冊の偽書に注ぎ込むのですが・・。

本書に登場するのは、シモニーニを除いて皆、実在した人物だそうです。19世紀の人種理論や陰謀論が総浚いされているのは、この著者であれば当然のこと。そして、本書で描かれたような「悪しき民族主義」が21世紀の現代においても生き延びているどころか、ますます蔓延っていることを思うと、悲しい思いにさせられるのです。

2016/12