りぼんの読書ノート

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小説イタリア・ルネサンス1.緋色のヴェネツィア(塩野七生)

著者が『海の都の物語』や『東地中海三部作』に続いて1990年前後に著したのが、本書にはじまる「小説イタリア・ルネサンス」シリーズです。長らく3部作でしたが、2020年に第4部となる『再び、ヴェネツィア』が書下ろし新作として出版されたのを機に、本書を再読してみました。

 

イタリア各地で輝かしい文化を生み出した都市国家の時代が終わろうとしている16世紀初頭。東方のオスマン・トルコ、西方のスペイン、フランス、イングランドという領土型国家の台頭によって、通商を基盤とするヴェネツィアの国家運営は極めて難しいものになっていました。コンスタンティノープルは既にオスマンの首都イスタンブールとなって久しく、イタリアへの領土欲を隠さないスペイン王カルロスは、ローマを強略し、今またフィレンツェを包囲していたのです。

 

30歳にしてヴェネツィア元老院議席を得た、名門ダンドロ家の若き当主マルコは、密命を帯びてイスタンブールに派遣されます。そこではマルコの親友である、ヴェネツィア元首グリッティとオリエント女性との間に生まれた諸子アルヴィーゼが、スレイマン大帝の宮廷に深く通じていたのです。若き宰相イブラヒム・パシャを交えた3人は、ヴェネツィアオスマンの共通の利益について激しく意見を交わします。ヴェネツィアの危機を救うには、スペインとオーストリアの両ハプスブルク家の共闘を阻むしかありません。オスマンハンガリー、ウィーン侵攻は望むところなのですが、曲がりなりにもキリスト教国家であるヴェネツィアはそれに公然と賛成するわけにはいかないのです。しかしアルヴィーゼが単独で取った行動は、思いもよらないものでした。

 

当初は「聖マルコ殺人事件」と題された本書は、夜警の不審死からはじまるもののミステリ要素は強くありません。歴史的事件を背景として、個人の生き方を問う作品になっています。時代背景や制度の説明が多く含まれるのは仕方ありませんね。『ルネサンスの女たち』を書いた著者の作品らしく、歴史の影に見え隠れする女性たちの姿も見事に描かれています。ローマ密偵であった高級娼婦オリンピア、スレイマン大帝の寵を一身に集めながら野心を隠さないロクサーヌ、アルヴェーゼへの愛に殉じたリヴィアらの印象も強く残ります。

 

2022/11再読