りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

中国・アメリカ謎SF(柴田元幸・小島敬太/編訳)

近年盛況である中国SF界は、ケン・リュウ、劉慈欣、郝景芳などのスター作家を生み出しましたが、その裾野は広く、多くの「無名作家」による謎めいた作品も数多く生み出されているとのこと。そしてこれらの「謎SF」の中には、本格SFを凌駕する作品もあるのです。本書は、中国のSF事情に詳しい小島敬太氏と、アメリカも同様であるという柴田元幸氏による、無名の作家たちの短編を集めたアンソロジー。最後の作品を除いて、2作ずつがペアになっているようです。

 

「マーおばさん」ShakeSpace(遥控)

会社からチェックを依頼されたAI試作機は、砂糖をエネルギーとしていました。それは無数の蟻たちが集合した超個体だったのです。伊坂幸太郎さんの『オーデュボンの祈り』に登場するカカシと同様のロジックでしょうか。同じ蟻たちが再構成された個体が、以前とは全く別の「人格」を生み出してしまうことも、興味深い作品です。

 

「曖昧機械」ヴァンダナ・シン

ある時は時空を歪めたり、ある時は自我と他者の境界を曖昧にする仕組みは、複雑なタイルの文様が回路として働いたことによるのでしょうか。全ては曖昧なままに放置されてしまいます。

 

「焼肉プラネット」梁清散

宇宙船が不時着したのは、地表は高温で、大気が薄いために「生存不可」とされた惑星でした。しかし現地生物は食用可能であり、自動的に焼肉となっていくのです。しかし気密服を脱ぐことができない宇宙飛行士は、空腹に耐えなくてはなりません。オチは脱力感100%です。

 

「深海巨大症」ブリジェット・チャオ・クラーキン

行方不明になった夫と息子たちは深海に潜む「海修道士」と共に暮らしていると信じる裕福な妻は、原潜を購入して深海調査隊を送り込みます。海修道士に教皇大勅書を届ける役目を追って乗り込んだ女性は、超深海で何を見ることになるのでしょう。

 

「改良人類」王諾諾

ALSの治療法が開発されるまで冬眠をしていた男は、600年後に目覚めさせられます。遺伝子操作によって、全ての人類が理想的な身体、能力、性格を手に入れるようになってた未来世界でしたが、そこは崩壊の危機に瀕していました。多様性を失った人類は、1種類のウィルスで絶滅してしまう可能性があったのです。

 

「降下物」マデリン・キアリン

21世紀から時空を超えて送り出された女性研究者が見た26世紀の世界は、核戦争によって滅びかかっているディストピアでした。生き残った人類はもはや過去にしか興味がなく、21世紀から残る遺跡にさまざまな解釈を加えていたのですが・・。

 

「猫が夜中に集まる理由」王諾諾

熱的死に向かういつつある宇宙において、エントロピーの増大を少しでも遅らせるために奮闘しているのはネコ族だったのです。並行宇宙を生み出すためにシュレジンガーの箱に自ら入っていく、無数のネコたちの使命感は感動的でした。この著者だけが2篇収録されている理由が理解できる、本書の中で一番好きな作品でした。

 

2022/11