りぼんの読書ノート

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東京會舘とわたし(上)旧館(辻村深月)

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本書は、東京會舘で結婚式を挙げたという著者が、後にこの場所で直木賞を受賞した際に書いたエッセイがもとになって生まれた「歴史小説」です。著者もまた、1922年の開業以降の「場所の歴史」が「個人の思い出」と重なり合って生まれた作品の登場人物のひとりになっているようです。

「1.クライスラーの演奏会」 (1923年5月4日)
作家となる夢をあきらめかけて東京を去った青年が、ヴァイオリニスト・クライスラーの演奏会のため上京した際、初めて東京會舘を目にした感動が綴られます。東京會舘はホテルとして建てられたものの、皇居を見下ろす位置が問題だったのか、許可が下りなかったそうです。

「2.最後のお客様」 (1940年11月30日)
大政翼賛会に接収される当日、クライスラーの演奏会の頃には駆け出しのボーイだったベテラン職員は、自分自身と會館が歩んできた歴史を振り返ります。開業1年で関東大震災に遭い、つぶれかかった會館が立ち直ったのは、多くの企業・従業員・顧客の協力があってこそのものだったのです。

「3.灯火管制の下で」 (1944年5月20日)
太平洋戦争の最中、「大東亜会館」と名前を変えさせられていた會館で結婚式を挙げることになった女性は、従業員たちの心遣いに感動します。彼らは祝事の雰囲気を壊さないよう、飛来した敵機から窓の灯りを隠す暗幕を、客に気付かれないように引いていたのでした。

「4.グッドモーニング、フィズ」 (1949年4月17日)
GHQに接収された會館のバーは、突然のマッカーサーの視察に凍りつきます。ミルク仕立てのカクテル「モーニング・フィズ」は、昼間から飲む高級軍人たちのために考え出されたそうです。いや、ボスが禁止しているなら、飲んではいけないでしょう。接収が解除となったのは、1952年7月のことでした。

「5.しあわせな味の記憶」 (1964年12月20日)
お土産用の箱菓子を作る仕事をいったんは断った初代製菓部長は、「家庭に、本場のフランス料理のおいしさをおすそ分けできる菓子をお願いしたい」という若手の事業部長の言葉に説得されます。會館のパイは、今でも手作りなのでしょうか。會舘にクッキングスクールがあったとか、美智子妃殿下の挙式用支度部屋が作られたという話は、はじめて聞きました。

2017/8