りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

五月の雪(クセニヤ・メルニク)

イメージ 1

オホーツク海に面したロシアの町マガダンには、かつて強制収容所が置かれていたとのこと。暗い歴史である反面、政治犯とされた学者や芸術家も多く、町の文化水準は高かったようです。1983年にマガダンで生まれ、15歳のとき家族と共にアラスカに移住した著者は、ニューヨーク大学卒業後に作家を志し、現在はロサンゼルス在住。デビュー短編集のあちこちに登場する少女ソーニャは、著者の分身なのでしょう。

「イタリアの恋愛、バナナの行列」 1975
モスクワの叔母を訪ねたターニャが、機内で誘われたイタリアのサッカー選手とのデートに出かけたものの、途中で見つけたバナナの行列に並んでしまいます。そのバナナも空港で見失ってしまうというコメディ・タッチの作品ですが、ブレジネフ時代のソ連の雰囲気が感じられます。

「皮下の骨折」 2012
航空関係の仕事に就いてアラスカへ移動し、今は引退してロサンゼルスで妻のマリーナと暮らしているトーリクのもとに、若い頃の親友から電話がかかってきます。ソ連に残って不幸な時を過ごした親友と彼の運命を分けたのは、トーリクの骨折事件だったのでしょうか。彼は黒海沿岸の保養所でマリーナと出会ったのです。28歳になった娘ソーニャは、ニューヨークで研修医になっています。

「魔女」 1989
ソーニャの友人アリーナが、偏頭痛の治療のために家族に連れられて向かった先は、なんと魔女の家。ペレストロイカの時代でもまだ「バーバ・ヤーガ信仰」と結びつく民間医療が残っていたのですね。

「イチゴ色の口紅」 1958
ソーニャの祖母オーリャが、だらしなくて暴力をふるう夫に愛想をつかして医者への道を歩み始める物語。オーリャの母の「一度ぶたれた男にはもう一度ぶたれる」とか「悪い夫の妻になるのは愚かな女」などの格言めいた言葉に、古い時代のロシアが顔をのぞかせます。

「絶対つかまらない復讐団」 1993
親から強制されてピアノを学んでいる少年の心の中は、レッスン後の冒険ばかり。どうやらソーニャも同じピアノ教師についている模様。レッスンを終えて屋外に出た少年が見たのは「五月の雪」。「雪解け後の雪」とのことで「第二のチャンス」という意味があるようです。

「ルンバ」 1996
少女アーシャの才能を見出したダンス教師が、思春期の娘の反抗心や好奇心に翻弄されていく物語。この教師は最後に破滅するのかもしれません。アーシャの母アーニャは、ソーニャの父トーリクに電話を架けてきた旧友の初恋の人ですね。ソーニャも、ピアノやダンス教室に通わされる忙しい少女時代をおくっていたようです。

「夏の医学」 1993
ずっと脇役だったソーニャが主人公の物語。祖母オーリャのような医師になりたいと願うソーニャが、仮病を使って祖母がいる大病院に入院。いろんな嘘をつくのですが、仮病だということは、みんなにバレていますよ。多感な少女らしさが伝わってきます。

「クルチナ」 1998
マガダンからアメリカ人に嫁いだ娘をアラスカに訪ねていった母マーシャは、一見幸せそうな娘夫婦の関係にさしかかる影の部分を垣間見てしまいます。ロシアの「クルチナ」という言葉には「消えることのない運命的な悲しみ」という意味があるとのことです。

「上階の住人」 1997
ソーニャの祖父ミーシャが、マガダン在住の老テノール歌手マーキンとの古くからの交流を、孫娘に語ります。スターリンに逆らって強制収容所に送られた有名歌手は、精神を破壊されるほどの悲惨な体験をしてきたのでした。ピアノ演奏者ガローチカがマーキンに寄せていた思いも切ない物語です。

ジュンパ・ラヒリ、イーユン・リー、ジュノ・ディアスら、著者の上の世代である移民作家たちの系譜に連なる作品でした。そういえば著者が渡米した翌年には、停電の夜にがベストセラーになっていたのです。

2017/8