りぼんの読書ノート

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素晴らしいアメリカ野球(フィリップ・ロス)

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原題は『偉大なアメリカ小説』であり、100ページ近くある「プロローグ」では、老スポーツ記者が著したとされる本書こそが「偉大なアメリカ小説」なのだと断言されます。その過程で「なりそこない」として激しくディスられているのは、『白鯨』、『緋文字』、『ハックルベリ・フィン』らの錚々たる小説群。

それに続く本編は、アメリカの歴史から消滅させられた「愛国者リーグ」の弱小球団「マンディーズ」の物語。第二次大戦中にオーナーがホーム球場を軍に供出してしまったために、全試合が死のロードゲームとなってしまったマンディーズの型破りな選手名鑑とエピソードが、延々と綴られていくのです。

これがひどい。障害者、小人、黒人、アジア人、ユダヤ人など「非WASP的」な選手たちのエピソードが、露骨に差別的な言葉で語られていきます。審判を殺そうとした監督。アル中で凶状持ちの一塁手。最年長52歳で居眠りばかりの三塁手。日本でプレイ経験がありスパイ呼ばわりされる遊撃手。14歳の二塁手。片足の捕手に片腕の外野手。腕が上がらないピッチャー。列車で移動中のチームは傷病兵の一団と思われたほどであり、当然のことながら1943年のリーグ戦はほとんど全敗。

著者は、アメリカンドリームと建国精神を徹底的に笑い飛ばします。その舞台がアメリカの国技であり、登場人物の大半がマイノリティなのは、偶然ではありません。あたかも荒野をさすらうような受難が続くマンディーズは、聖性すら帯びてくるようですが、その後にアンチクライマックスが続きます。それは薬物ドーピングと、陰謀によるソ連スパイ疑惑であり、ついに「愛国者リーグ」はマッカーシズム吹き荒れる中で闇に葬り去られていくのです。

そこから浮かび上がって来るものは、「偉大なアメリカ小説など過去にも未来にも存在することはない」という強烈なメッセージなのかもしれません。本書が出版された1973年には、アメリカの権威はベトナムの泥沼に沈みつつあったのですから。それとも、本書の帯にあるような「米文学史上最凶の悪ふざけ」にすぎないものなのでしょうか。

2017/8