りぼんの読書ノート

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墓地の書(サムコ・ターレ)

スロヴァキアの地方都市コマールノで、バックミラーつきの荷車でダンボール回収をしているサムコ・ターレには知的障害があるようです。しかし彼はいかがわしい占い師のお告げに従って、「墓地の書」なる小説を書き始めるのです。それははからずも、社会主義体制が解体され、チェコと分離独立した前後のスロヴァキア社会とそこに暮らす人々の姿を描き出すことになりました。

 

保守的な祖父。ハンガリー人の血を引いていた祖母。社会主義を批判していた父親。病弱な母親。芸術家で国際主義者の長女と、独立スロヴァキア大好きな次女。キノコで人類を救済する使命を帯びた叔父、女性だけ占うアル中のエロ爺、カラシで原爆から身を守れると信じていた老婆。そして社会主義時代の名士でサムコを密告者として用いていたグナール・カロル博士。

 

本書にはストーリーはありません。カロル博士の娘で元同級生の美女ダリンカとの偶然の再会場面が、読者の気を引くように何度も登場しますが、読者の期待に沿うような劇的な出来事などサムコに起こせるはずなどないのです。どうやら本書の目的は、閉鎖的で差別的なスロヴァキア人についての自嘲を笑いに変えることにあるようです。インディアンや黒人奴隷が登場するアメリカ映画を見ながら「僕は人種差別主義者ではない」と思うものの、身近にいるジプシーを差別し、女性に暴力をふるい、LGBTを蔑視し、ハンガリーチェコポーランド、ドイツなどの近隣諸国の人々に敵愾心を抱く祖国を、著者は笑いのめしていきます。本書のタイトルは古き時代への弔鐘を意味しているのでしょう。

 

著者名の「サムコ・ターレ」はこの作品だけに用いたペンネームであり、実際はダニエラ・カピターニョーバーという実名で作品を発表している女性だそうです。

 

2023/5