りぼんの読書ノート

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火葬人(ラジスラフ・フクス)

1923年にプラハで生まれたチェコ人の著者ですが、第2次世界大戦の時期にユダヤ人を襲った恐怖を題材とした作品を数多く著しています。ナチスによって祖国が侵略され、ユダヤ人同級生たちが次々に姿を消していく時期に少年期から青年期をすごした著者にとって、ホロコーストは決して他人事ではなかったのでしょう。本書もそのテーマに沿った作品です。

 

主人公のコップフルキング氏はプラハの火葬場に勤務する凡庸な人間です。まだ合法化されて20年足らずの火葬を近代的な埋葬方法であるとの信念こそ有していますが、人種に関わらず家族や友人を愛し、音楽や美術を愛好する穏やかな人物なのです。しかし1938年のミュンヘン協定によるズデーデン地方のドイツへの割譲、翌1939年のプラハへのドイツ軍侵攻とチェコスロヴァキア解体という事態に直面して、彼の人格や運命は一変してしまうのでした。

 

はじめは襲い来る異常事態に対して、精神的な平穏を維持したかっただけなのでしょう。ナチ党員の友人に説得されて現在進行中の出来事を受け入れていくのです。しかしそこからナチス協力者と変貌していくのは、一歩の距離でしかありません。ユダヤ人が祖国に害をもたらしていると信じ込み、シナゴーグを見張ってユダヤ人を摘発するようになり、ついにはユダヤ系の妻や息子を手にかける怪物へと変貌してしまいます。そして最後にはナチスからガス焼却炉の実験責任者として任命されるに至るのです。何を焼却するのかを知りながら。

 

平穏な日常が恐怖によって浸食され、支配されていく過程はグロテスクであり、ホラーのようです。表紙の写真は1968年に映画化された際のスチール写真であるとのこと。この1枚だけでも、本書の異常な世界観を見てとることができるでしょう。

 

2023/2