りぼんの読書ノート

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あまりにも騒がしい孤独(ボフミル・フラバル)

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チェコ文化を担ってきたのは平民階級だそうです。15世紀から17世紀にかけての宗教戦争に敗れてカトリックの支配を受けたチェコでは、プロテスタント系の聖職者・貴族・上級市民が一掃されてしまい、農民と下層市民しか残らなかったとのこと。そして近代においてはナチズムとスターリニズムの両方の支配を受けて、またもや多数の文化の担い手を失ってしまったのです。「プラハの春」が潰された後に、ミラン・クンデラらの作家が国外に亡命したことは象徴的です。

 

本書は、不条理世界で苦しむ平民の主人公がかろうじて正気を保つ物語です。東西冷戦のさなかである1976年に、このような前衛的な作品が書かれたことは奇跡的に思えますが、やはりタイプ印刷の地下出版という形で広められたようです。

 

古紙処理工場で働くハニチャは、毎月2トンの本を水圧プレス機で潰していました。思想も詩も芸術も文学も宗教も溶かして、下水道に流す労働は、まるで「シーシュポスの神話」さながら。彼の喜びは、「魔法の蘇りの水」であるビールと、時折見つかる「水底の真珠」が煌めくような価値ある本を救い出すことでしたが、そんなささやかな喜びですら、当局に奪われそうになってしまうのでした。ついに彼は、好きな本を道連れにして水圧プレスに飛び込もうとするのですが・・。

 

ハニチャを地上に引き留めたのが、彼も名前すら忘れてしまったジプシー娘のイロンカであったことは象徴的ですね。ユダヤ人と並んでホロコーストの対象とされたロマ(ジプシー)に、チェコ人のハニチャを救わせたことの意味について、考えさせられてしまいます。そして本書を救いのない悲劇とするか、再生の物語とするかで悩んだという著者が、このような結末を選んだことの意味についても。

 

2022/3