1.地図と拳(小川哲)
満洲の架空の都市の半世紀にわたる興亡を通して、戦争に至る構造を描いた大作です。「地図」は理念を、「拳」は暴力を象徴しているのでしょう。類稀なる先見の明を有する主人公は、日中戦争・太平洋戦争を回避する道を探り続けたものの、なぜ理念を放棄するに至ったのでしょう。そして彼はどのようにして未来に関与し続けたのでしょう。満州国という異物の失敗の歴史を一種のSFとして描いた本書は、未来に向けた警鐘の書です。
2.惑う星(リチャード・パワーズ)
ピュリッツアー賞を獲得した前作『オーバーストーリー』と同様に、人類の自然破壊行為に対する警鐘がテーマです。宇宙生物学者の父親と、心優しい適応障害者のひとり息子の心温まる交流は、なぜ悲劇に転じてしまったのでしょう。専制的なカリスマ大統領によって分断されたアメリカを舞台とする本書では、かつて著者が『われらが歌う時』で描いた黒人大統領の誕生という高揚感は既に消え失せています。生物種の多様性への無理解は、人種の多様性への無理解に通じ、人間の行為や信条や指向に対する無理解をもたらしていくのですが。
3.砂に埋もれる犬(桐野夏生)
幼少期に母親からの愛情を受けられなかった子供の人格は、どのように歪んでしまうのでしょう。著者は「女性への憧れや甘えを充足させられないまま思春期を迎えた少年にはミソジニー(女性嫌悪)が芽生えてしまうのではないか」との仮説とともに、本書を書き進めたとのことです。「単純に愛情を注げば解決する問題でもなくなっている」のですが、ラストシーンにはかすかな光を感じられるように思えます。
【次点】
・孤蝶の城(桜木紫乃)
・他人の家(ソン・ウォンピョン)
・砂時計(ダニロ・キシュ)
【その他今月読んだ本】
・花と舞と 一人静(篠綾子)
・味比べ 時代小説アンソロジー(大矢博子/編)
・遠きにありて、ウルは遅れるだろう(ペ・スア)
・殿様の通信簿(磯田道史)
・物語ポーランドの歴史(渡辺克義)
・ライオンのおやつ(小川糸)
・流浪地球(劉慈欣(リウ・ツーシン))
・オリーブの実るころ(中島京子)
・太陽が死んだ日(閻連科(エン・レンカ))
・家の本(アンドレア・バイヤーニ)
・パラソルでパラシュート(一穂ミチ)
・墓地の書(サムコ・ターレ)
・あきない世傳 金と銀13 大海篇(高田郁)
・メダリオン(ゾフィア・ナウコフスカ)
・幸村を討て(今村翔吾)
・タワー(ペ・ミョンフン)
・野原(ローベルト・ゼーターラー)
・青春とは、(姫野カオルコ)
・ペッパーズ・ゴースト(伊坂幸太郎)
2023/5/30