りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ペッパーズ・ゴースト(伊坂幸太郎)

デビュー作から一貫して「悪は報いを受ける。絶望は覆せる。未来は変えることができる」という姿勢を貫いている著者の作品リストに、新たな1冊が加わりました。

 

中学校の国語教師・檀千郷は「先行上映」と名付けた奇妙な能力を有しています。誰かの飛沫を浴びると、その人物が翌日体験する一場面を見ることができるのです。普通は無視するだけなのですが、ある生徒が新幹線事故に巻き込まれる未来を見てしまった檀は、乗車する列車を変更させて生徒を救います。しかしそれをきっかけとして彼は、かつて起こった無差別テロ事件被害者の「遺族の会」が企む復讐計画に巻き込まれてしまうのでした。

 

その本筋と並行して、壇が受け持つ女子生徒が書いた小説という形で作中作が綴られていきます。それは、かつて猫を虐待するネット配信を面白がって支援していた「猫を地獄に送る会(通称ネコジゴ)」メンバーを粛清してまわる2人組の物語。やがて壇が巻き込まれた事件中に、作中作の登場人物たちが登場し、2つの物語は微妙に絡み合っていくのですが・・。

 

どちらの事件も、法で裁けない罪の被害者が味わう理不尽な苦しみをベースとしています。それはニーチェツァラトゥストラに語らせた「永遠回帰」のように、終わりのない運命なのでしょうか。しかし著者は、登場人物たちを運命に立ち向かわせます。ある者は飄々と、ある者は悲観しながら、またある者は否応なしに。いずれも一癖ある登場人物たちですが、やっていることは普通の人たちと何ら変わりません。著者が得意とする奇想天外ながら精密な仕掛けに、メタフィクションという新しい形をまとわせた作品です。

 

2023/5