りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

砂に埋もれる犬(桐野夏生)

親によるネグレクトや虐待の問題が増えているようですが、幼少期に母親からの愛情を受けられなかった子供の人格は、どのように歪んでしまうのでしょう。著者は「女性への憧れや甘えを充足させられないまま思春期を迎えた少年にはミソジニー女性嫌悪)が芽生えてしまうのではないか」との仮説とともに、本書を書き進めたとのことです。

 

主人公である12歳の少年・優真は、無職の母親と4歳の異父弟とともに、母親の交際相手の男の部屋に居候しています。男と一緒に遊びまくっている母親は、優真を小学校にも通わせず、平気で3日も4日も部屋に放置。マンガ雑誌や衣類のちらかった部屋で兄弟は、コンビニで廃棄されるはずだった弁当をめぐっていがみあいます。やがて男から暴力を受けたことをきっかけとして「母親を捨てた」優真は、児童相談所に逃げ込みます。母親という牢獄から抜け出し、子供を亡くしたばかりの中年夫婦のもとに里子に入った後も、彼の心は癒されません。

 

人間関係の作り方を知らない優真は学校ではコミュニティの輪に入れず、里親から「友達できたかな?」と問いかけられる度に傷つきます。「どんな母親であっても子供は慕っているのだろう」との思い込みから発せられる周囲の声も、彼の鬱屈を増すばかり。やがて優真の病んだ気持ちは彼を無視したクラスメートの女子生徒へと向けられ、彼女に対する行動は次第にエスカレートしていくのですが・・。

 

「貧困と虐待の連鎖」といってしまえばそれまでですが、あまりにも悲しい物語です。「単純に愛情を注げば解決する問題でもなくなっている」と語る著者は、身を挺した里親の洋子と優真が「どうしていいかわからないよ」と泣くシーンで本書を締めくくりました。それが著者の本音なのでしょう。はじめて心の底を露わにした優真の姿にかすかな光を感じられたように思えたのですが・・。

 

2023/5