読み続けるための忍耐を試されるような作品ですが、「手紙または目次」と題された最終章によって全てが明らかになります。本書の本文は、近い将来にアウシュヴィッツで命を落とすことになる53歳の男(E.S)が、1942年4月5日に妹のオルガに宛てて書いた実在の手紙なのです。そして最終章に至るまでの300ページ近い文章は、E.Sが手紙を書いている最中に彼の頭の中をよぎったであろう現実の出来事や自由な空想から成り立っているのです。
本文の手紙に書かれている内容はシンプルです。生まれ故郷のモンテネグロに帰郷したE.Sなる男と家族が、姉夫婦の一家から冷たい仕打ちを受けたこと。家の整理もつかないうちに憲兵から出頭を命じられ、さまざまな取り調べを受けたこと。いったん帰宅できたものの、再度の出頭を命じられてまだ帰宅できていないこと。しかしその手紙を書いている間にE.Sは、彼自身や彼の家族や彼の属する民族がたどってきた歴史のみならず、近い将来に訪れる運命を想定した遺書にまで思いを馳せるのです。
そこに、当時のE.Sには知り得なかったであろうことが含まれている理由は明白です。E.Sの息子である著者は本書の中で、父親の手紙が属していた世界と時代背景を再構成したのでしょう。ある意味で本書は父と息子の共作であり、E.Sは著者と父親を合体させた人物なのかもしれません。タイトルの「砂時計」は、E.Sの手紙にある「すべては崩れ去るのだ」との言葉から来ていますが、それだけではありません。ひっくり返された砂時計からは、時が再び流れ出すのですから。
2023/5