りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

他人の家(ソン・ウォンピョン)

映画の脚本や演出の仕事も手掛けるという若い著者は、既に日本の本屋大賞翻訳小説部門の第1位を2度に渡って受賞している人気作家です。どちらの長編も未読ですが、はじめて出版された短編集を先に読んでみました。暗く厳しい現実社会を見つめながらも、灯の存在を信じて探し続けているような著者の視点が心地よい作品集でした。他者へ向ける「静かな眼差し」が印象的な作家です。

 

四月の雪

ソウルで民泊を営んでいる若い夫婦の関係は冷え切っていました。雪の晩にフィンランドからやってきた中年女性マリを泊めた時、人生は再び輝き出したと思えたのですが・・。どうやら人の好意を切実に求めていたのはマリのほうだったようです。しかし雪の魔法が消えた後でも、何かを信じたいという気持ちは残るのです。

 

「怪物たち」

家族の厄介者に成り下がっていた父親を殺害したのは、双子の息子たちなのでしょうか。彼女が生んだ息子たちは怪物なのでしょうか。しかしラストでは、彼女が息子たちを理解できる日も来るに違いないと思わせてくれるのです。

 

「zip」

「zip」とは「家」のこと。結婚して新しい家庭を築いた決断を後悔し続けていた女性は、家から脱出する機会を待ち望んでいました。しかしそのチャンスが訪れた時、彼女は家に籠ってしまうのです。過去に起こったことが変えられないのなら、せめてそこに喜びを見出すほうが良いと思いながら。

 

アリアドネの庭園」

書肆侃侃房から出版されたアンソロジー『私のおばあちゃんへ』にも収録されていた作品です。超高齢化、社会格差、移民嫌悪、世代間葛藤がすべて現実のものとなった近未来社会は、すでに起こりつつあるものです。韓国だけでなく、もちろん日本においても。

 

「他人の家」

韓国の住居問題は深刻ですね。急騰する不動産価格のせいで恋人と別れ、他人のマンションの一室に間借りしてる女性の日常は、オーナーがマンションを売りに出したことで一変してしまいそうです。

 

「箱の中の男」

安部公房の『箱男』を彷彿とさせますが、こちらの「箱」は概念的なもの。他人を救ったことで不具になった兄を持つ男は、できるだけ他者と関わらないように生きて来たのですが・・。世界が冷笑や厭世に満ちた場所にならないようにするには、人々の善意を信じることから始めないといけないのでしょう。

 

「文学とは何か」

サルトルの著書のタイトルがつけられた短編は、作家への道を歩み始めた若い女性の物語です。奇遇な体験が彼女に書く力を与えてくれますが、著者の分身であろう女性を励ましたくなってきます。

 

「開いていない本屋」

開店前のルーティンを邪魔した早朝の客を、書店主は暖かく迎え入れます。生活のリズムが戻った後も、2人が交わしたハーモニーはどこかに残り続けるのでしょう。

 

2023/5