りぼんの読書ノート

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銀河鉄道の父(門井慶喜)

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宮沢賢治の父・政次郎というと「賢治の進学や創作に反対した人物」という印象が強いのですが、徹底して父親目線で描かれた本書は、そんな人物像を鮮やかに覆してくれました。明治維新で没落した花巻の呉服屋・宮沢家を質屋として再興した賢治の祖父・喜助の言いつけを守り、進学を諦めて家督を継ぎ、地元でも有数の商家となって町会議員にもなった政次郎は、「息子に対する厳しさと過保護の間で揺れ動いた父親」だったのです。

 

幼い頃に赤痢で入院した賢治を病院に泊まり込んで看病するという、明治期の父親としては考えられない子煩悩。祖父に反対してまで賢治の進学を許す近代性。店番をさせた賢治が質屋に向いていないことを見抜いて、後継ぎとすることを諦める潔さ。いずれも内心での深い葛藤の末に許容したものなのですが、当人の賢治はそれを理解してはくれません。

 

やはり賢治の本質は、浮世離れした詩人だったのでしょう。盛岡高農で鉱物学を学んだことが農民のための土地改良を志したとか、後に花巻農学校の教諭となったことで「農民の幸福に生涯をささげた農民詩人」と謳われるようになる賢治ですが、彼の生涯を読み解くとその冠賞は過大な後付けでしかないことが理解できます。親の財力を期待した飴工場設立や人造宝石製造を夢みる一方で新興宗教にのめりこむなど、親の目から見たら「困った息子」でしかありません。

 

それでも病床に就いた妹トシのために賢治が綴った『風の又三郎』に感心し、賢治の童話が掲載された岩手新聞を大量に購入し、『春と修羅/心象スケッチ』を幾度も読み返す政次郎は、息子の一番の理解者であったのでしょう。圧巻は妹トシの末期の言葉を遮って、自分の作品のために遺言を捏造した「永訣の朝」を書いた賢治を黙って許す場面ですね。この父親があってこそ、国民的詩人とまで評価される「宮沢賢治」が生まれたという著者の解釈は新鮮です。

 

余談になりますが、早世してしまう哀れな妹というイメージの強いトシが、文才を有した賢明な女性であったことを知ったことが、本書の一番の収穫でした。文中で紹介されるトシの手紙は実在のものであり、そこからはまぎれもない文才を感じ取れるのです。

 

2020/12

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