国民的詩人とも評される宮沢賢治の父親には「賢治の進学や創作に反対した人物」という印象を持っていました。しかし徹底した調査に基づいて父親目線で描かれた本書は、そんな人物像を鮮やかに覆してくれました。彼は浮世離れした詩人にすぎない息子に対する「厳しさと過保護の間で揺れ動いた父親」だったようです。妹トシの末期の言葉を遮って、「永訣の朝」に用いた遺言を捏造した賢治を黙って許す場面などは圧巻です。
2.ストーナー(ジョン・ウィリアムズ)
「これはただ、ひとりの男が大学に進んで教師になる物語にすぎない。しかし、これほど魅力にあふれた作品は誰も読んだことがないだろう」という、トム・ハンクスの感想が全てを言い表しています。しかも名翻訳家であった東江一紀氏が生涯最後の仕事として病床で翻訳されたと伺うと、主人公の人生と二重写しになってしまいます。「数々の苦難に見舞われつつも、運命を静かに受け入れて可能な限りのことを果たし」て黙々と生きていった人物が抱いた悲しみが、読者にも迫ってきます。
3.ヴェネツィアの出版人(ハビエル・アスペイティア)
「イルカに錨」のマークで知られ、ルネサンス後期にヴェネツイアから多くの名著を生み出した「アルド印刷所」の創設者は、どのような人物だったのでしょう。そして比較的自由であったヴェネツィアにおいても出版が許されなかった、彼の悲願の書物とは何だったのでしょう。活字や印刷機の制作過程における工夫や、異端の書を闇に葬るために暗躍する写本追跡人との写本争奪戦など、活字文化が産声をあげた時代の活気ある喧騒が伝わってくる作品です。
【次点】
・孤児列車(クリスティナ・ベイカー・クライン)
・蝶たちの時代(フリア・アルバレス)
・黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続(宮部みゆき)
【その他今月読んだ本】
・緋の河(桜木紫乃)
・スフィンクス(堀田善衞)
・太陽と乙女(森見登美彦)
・あきない世傳 金と銀7 碧流篇(高田郁)
・グッドバイ(朝井まかて)
・発火点(C・J・ボックス)
・秋(アリ・スミス)
・老ピノッキオ、ヴェネツィアに帰る(ロバート・クーヴァー)
・言葉の守り人(ホルヘ・ミゲル・ココム・ペッチ)
・渦(大島真寿美)
・昭和少女探偵團(彩藤アザミ)
・不思議の国の少女たち (ショーニン・マグワイア)
2020/12/28