ノーベル賞候補にもあげられる、イスラエルを代表する作家が若い時代に書いた作品です。本書に収められている中編2作とも著者30歳の頃に書かれているので、1960年代後半のもの。同時代の大江健三郎や安部公房らと共通する雰囲気を漂わせているように思います。
「詩人の、絶え間なき沈黙」
韻律を失ったと感じて筆を折った老詩人は、家を売って旅立とうとしています。しかし彼の気がかりは、17歳で小学校を卒業した境界線上の息子のことでした。父親の詩が授業で読まれてから気を昂らせており、父親の断筆を納得していないのです。そして「もう書かない。君が書くといい」と突き放されたことで彼は、父親の代わりに書くために詩のまねごとを始めるのです。老詩人が見た「もがき苦しむ暗い色の鳥を胸に抱える夢」は、どのような形で現実化してしまうのでしょうか。言葉を捨てた老詩人と、言葉を持とうとする息子の双方の心情に、深い哀しみを感じます。
「エルサレムの秋」
ガリラヤのキブツを去ってエルサレムに移り、高校教師をしながら大学卒業を目指している青年に、かつて密かに愛した女性からの手紙が届きます。夫とともにエルサレムの大学を受験する間、3歳になる子どもを預かって欲しいというのです。幼児の扱いなど何も知らない青年は、昔の恋人そっくりの幼児と心を通わせることはできません。幼児を甘やかしたり放置したりする不毛な行為は、かつての不毛な愛に対する復讐なのでしょうか。登場人物の誰もが一方通行の思いを抱えて右往左往する物語ですが、読後感は意外と爽やかです。青年が幼児に対して感じた敗北感は、彼を新しい恋愛に向き合わせることになるのでしょうから。
2021/7