りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

日没(桐野夏生)

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現代日本と地続きの近未来で展開される「表現の不自由」の物語。エンタメ小説家である中年女性のマッツ夢井のもとに届いた手紙は、「文化文芸倫理向上委員会」と名乗る政府組織からの召喚状でした。出頭先に向かった彼女は、断崖に建つ海辺の療養所へと収容されてしまいます。彼女はそこで偏見に満ちた下級役人たちから蔑まれ、所長からは「社会に適応した小説」を書けと命じられ、反抗的な態度を見せるたびに療養機関の延長を言い渡されます。この軟禁生活には終わりがあるのでしょうか。そして彼女は正気を保ち続けていられるのでしょうか。

 

かなり恐ろしいディストピア小説です。市民が国民と呼ばれ、広く定義された反日や反社とみなされると非難され、ネットニュースですら政権におもねるようになり、作家の不可解な自殺や病死が増えている時代。言論統制の背後にあるのは国家ですが、作家を告発するのは「一般読者」であり、療養所で作家を虐待するのは「転向者」というあたりには、分断社会や自主規制の怖ろしさを感じます。

 

著者は本書のラストについて「私の周りでの評判はすごく悪いですが、今回の小説では絶望をとことん描こうと思っていたので加筆しました」と語っています。今必要とされているのは「きちんと絶望すること」だというのです。時に激しい言葉で論じられる事柄を、「オヤジ的なニヤニヤ笑い」で嘲って無視するのではなく。

 

2021/12