りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

回復する人間(ハンガン)

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後書きで「この本はほかの読み方をすることが困難なほどはっきりしている。それは『傷と回復』だ」と評されています。痛みを抱えて絶望の淵でうずくまる人たちは、どのようにして一筋の光を見出していくのでしょう。アジア人初のマン・ブッカー国際賞を受賞した、韓国の若い女流作家の作品集です。 

 

「明るくなる前に」 

弟の死をきっかけに職場を辞めて世界各地を旅したウニ姉さんがインドで見たという、火葬の光景は印象的でした。「死体は最後に心臓だけ残ってじりじり煮える」というのです。後に小説家となった語り手の女性は、病を得てしまい、ウニ姉さんとの再会を望むのですが・・。 

 

「回復する人間」。 

姉の葬儀で挫いた足の治療で細菌感染症を起こしてしまった語り手は、姉と自分の人生を比べてしまいます。子供のころのある事件以来、ずっと疎遠だった姉と自分とは、どちらが冷たい人間だったのでしょう。2人はどこで何を間違えたのでしょう。病んだ足の回復と心の回復とが、二重写しになっていきます。 

 

エウロパ 

バツイチの女性ミュージシャンであるイナは、跳ねる魚の骨を繰り返し夢に見ると語ります。不幸な結婚の傷を音楽によって乗り越えてきたイナはゆっくりと回復しているようですが、彼女を見つめる語り手の側はどうなのでしょう。女装主義者である語り手の視点もまた、大きく揺らいでいるようです。 

 

フンザ 

育児で困難を抱える女性が想うのは、フンザという見知らぬ辺境の土地。彼女の脳内で理想化されまくった、世界のどこにもない土地に、彼女がたどりつけることなど決してないのですが。狂気を感じる作品です。 

 

「青い石」 

画家である語り手が憧れたのは、優れた画家であった叔父でした。血液の病気に罹って1年1年老いていく叔父の生涯を見つめ続けた視点には、悲しさを感じます。その視点こそが語り手の芸術姓を高めてくれたのですけれど。 

 

「左手」 

上司からパワハラを受けている銀行員の左手が、自分でコントロールできなくなってしまいます。左手は上司を殴るだけでなく、家庭生活も不倫生活も破壊していくのです。少々コミカルですが、ラストは怖い。 

 

「火とかげ」 

2年前の事故で左手を怪我し、後に右手の自由も効かなくなりつつある女流画家は、夫によって勝手にアトリエを解約されてしまいます。何もできず感情も失った語り手は、近所の写真館に保存されていた、10年前に関わった男と撮った写真を見つけるのですが、彼は直後に事故死していたのでした。とかげと異なって、人間の再生とは難しいものです。身体も心も。 

 

2019/11