今月の収穫は、深緑野分さんという作家を知ったこと。ジャンルとしてはミステリなのでしょうが、独特の作品世界を創り出す能力を有する方とお見受けしました。次点にあげた『ぼくらが漁師だったころ』は、少年の不思議な体験とナイジェリアの現代史を重ね合わせた作品です。それに触発されて中公新書の『物語ナイジェリアの歴史』を読み、さらに同じシリーズの『物語イギリスの歴史』や『物語イタリアの歴史』などを読みました。このようにして読書体験は広がっていくのです。
1.帰ってきたヒトラー(ティムール・ヴェルメシュ)
2011年のベルリンにヒトラーが蘇ったら何が起こるのでしょう。時代のギャップに驚いたものの、すぐに状況を理解してゼロから運動を立ち上げていこうと決意するヒトラーと、彼をそっくり芸人と思い込んでコメディアンへと仕立てていこうとする周囲のギャップが微妙です。コミカルな小説ですが、ヒトラーと一緒に現代社会の矛盾を笑うことが、彼の視点による現代社会批判への共感に繋がりかねない怖さに、終盤になって気づかされます。
2.モンスーン(ピョン・ヘヨン)
先月読んだ『回復する人間(ハンガン)』の主題は「傷と回復」ですが、本書のテーマは現代社会に潜む不条理感。ともに韓国の若手女流作家ですが、その視点は大きく異なっています。しかしどちらの作品からも、現代韓国社会を蝕む病理を感じ取れます。そしてそれは韓国だけのことではないことにも気づかされるのです。
3.落花(澤田瞳子)
後に平安時代後期の大僧正となる若き寛朝は、坂東で出会った平将門に何を見てとったのでしょう。彼が体感した「戦の中で鳴り響く至誠の音楽」とは、やがて来る武士の世における宗教の在り方に結びついていくのでしょうか。典型的な都人が武士の台頭を目の当たりにした感動が、生き生きと描かれた作品です。
【次点】
・ぼくらが漁師だったころ(チゴズィエ・オビオマ)
【その他今月読んだ本】
・肖像彫刻家(篠田節子)
・ナラ・レポート(津島裕子)
・ロマンシェ(原田マハ)
・オーブランの少女(深緑野分)
・あまねく神竜住まう国(荻原規子)
・物語ナイジェリアの歴史(島田周平)
・わたし、定時で帰ります。ハイパー(朱野帰子)
・精霊の木(上橋菜穂子)
・戦場のコックたち(深緑野分)
・物語イギリスの歴史 上(君塚直隆)
・物語イギリスの歴史 下(君塚直隆)
・分かれ道ノストラダムス(深緑野分)
・いちばん初めにあった海(加納朋子)
・ピカソになりきった男(ギィ・リブ)
2019/12/27