今月の第1位は文句なしに、現代アメリカを代表する巨匠リチャード・パワーズの4年ぶりの新作『オーバーストーリー』。その一方で強力なインパクトを残したのがディストピア小説です。男性が支配する社会で女性が味わってきた恐怖を立場を変えて描いた『パワー』も、ネット社会の陥穽をコミカルに描いたドイツ発の『クオリティランド』も、現在の私たちに警鐘を鳴らしているのです。
1.オーバーストーリー(リチャード・パワーズ)
タイトルの「オーバーストーリー」とは「林冠」のこと。それぞれ生まれも育ちも異なる多彩な登場人物たちが、20世紀末からはじまるアメリカの樹林伐採反対運動に集結していきます。人類が成長するために行う資源消費は、数百年を超える寿命を有する巨木たちの視点から眺めたら、狂気に満ちた活動なのでしょう。樹木は地球を救う・・かもしれません。ただし人類が去った後で。
2.パワー(ナオミ・オルダーマン)
世界的に蔓延したホルモン異常が女性に電流を発する能力をもたらし、男女の力関係が逆転。その時世界では何が起こるのでしょう。本書は、女性が力を得た社会が平和になるなどという御伽噺ではありません。何千年にもわたって女性が恐れてきた男性社会の残酷さに対する怒りの激しさを、男性に感じさせるための小説なのでしょう。女性たちもまた戦争を起こし、男性からの反逆も相まって、世界は終末へと突き進んでいくのです。
3.わたしのいるところ(ジュンパ・ラヒリ)
インド系移民の2世である著者が、「英語とベンガル語の長い対立から逃れる」ためにローマに移住し、新たに学んだイタリア語で初めて綴った長編です。そこにはもう、著者特有の巧みな表現はありません。代わりに得た率直で簡潔な表現で、孤独であることの強さが描かれていきます。そして本書の語り手は、著者と同様に新たなステップへと跳び出していくようなのです。
【次点】
・鏡の背面(篠田節子)
【その他今月読んだ本】
・物語イタリアの歴史(藤沢道郎)
・物語イタリアの歴史2(藤沢道郎)
・とんがりモミの木の郷(セアラ・オーン・ジュエット)
・アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ (ジョー・マーチャント)
・冬の日誌(ポール・オースター)
・ハツカネズミと人間(ジョン・スタインベック)
・狸穴あいあい坂(諸田玲子)
・狸穴あいあい坂 恋かたみ(諸田玲子)
・狸穴あいあい坂 心がわり(諸田玲子)
・この世にたやすい仕事はない(津村記久子)
・華やかなる弔歌(篠綾子)
・デートクレンジング(柚木麻子)
・図書室からはじまる愛(パドマ・ヴェンカトラマン)
・紅霞後宮物語 第10幕(雪村花菜)
・芙蓉の干城(松井今朝子)
・クオリティランド(マルク=ウヴェ・クリング)
2020/1/30