りぼんの読書ノート

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帰ってきたヒトラー(ティムール・ヴェルメシュ)

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1945年4月に自殺したとされるヒトラーが、突如2011年のベルリンに蘇ったら何が起こるのでしょう。はじめは時代のギャップに驚いたヒトラーですが、すぐに状況を理解して、ゼロから運動を立ち上げていこうと決意します。一方で周囲の人々は彼をヒトラーそっくりの芸人と思い込み、本物のコメディアンへと仕立てていくのですが、そのギャップが微妙なのです。ヒトラーはTV出演を新たなプロパガンダとして利用しようと真面目に思っているのですから。 

 

それにしても、ナチ思想に基づいて分析・批判される現代ドイツの状況が的を得ている様子は、見事なブラックジョークです。しかも筋を曲げないヒトラーが、次第に魅力的な人物に思えてきてしまうのです。著者は「この本はヒトラーを笑っているのではなく、ヒトラーと一緒に笑っているだけであり、その違いに気づいたときに読者は何とも恐ろしい気持ちになるはずだ」と語っています。本書がベストセラーとなり映画化までされたことは、やはり怖いことなのでしょう。戦後処理をきちんと行ってきたとされるドイツですらそうなのです。 

 

本物のヒトラーがネオナチに襲撃されるくだりなど、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』における大審問官議論すら彷彿とさせてくれます。もっともヒトラーは自由を否定する大審問官サイドの人物であり、ネオナチはキリストの慈愛や信念のかけらも持ち合わせていないのですが。 

 

本書の読者には、ヒトラーの視点に打ち勝つ論理的な強さが求められています。単に「ヒトラー=悪」と断じるだけでは、彼の現代社会批判に共感してしまいかねないのですから。 

 

2019/12