りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

落花(澤田瞳子)

f:id:wakiabc:20191209145914j:plain

すでに奈良・平安時代の小説の書き手として第一人者の感がある著者が、舞台を関東に移して描いたのは、「平将門の乱」でした。視点人物は、真言声明の師と思い定めた人物を追って京から東国へと下った僧・寛朝。彼が将門討伐を祈祷したとされる不動明王が、後の成田山新勝寺本尊となっています。 

 

しかし本書の寛朝が見たものは、京の論理とは隔絶した東武士の世界でした。荒ぶる地の化身のような将門は坂東武者の名望を集める人物ながら、その不器用な生き方を貫いた故に「新皇」と祭り上げられ、謀反の張本人として謗りを受けることになるにすぎません。イメージとしては西郷隆盛のような人物でしょうか。 

 

史実が伝えるように「将門の乱」は数週間で鎮圧されるに至りますが、寛朝は戦の中で至誠の音楽」を体感したのです。「この世は将門のように、身震いするほど醜く、同時に美しい」と。そして「この世には亡国の声も天魔障碍の声も存在せず、すべての音はみな尊く誰もが至誠の声を有するのではないか」と。 

 

典型的な都人が武士の台頭を目の当たりにした感動が、生き生きと描かれています。香取の海で春をひさぐ傀儡女たちや、琵琶の名器を求めて煩悩の虜となったお供の千歳など、魅力的な人物も数多く登場。まさか千歳が、後に逢坂の関に庵を結ぶあの有名な人物となるとは想いもしませんでしたが・・。 

 

タイトルの『落花』は、『和漢朗詠集』に収められ、急死した朋友を偲ぶ夢幻能「松虫」で用いられた「朝踏落花」から採られています。後に大僧正となる寛朝が将門抱いた感情は、今でいう友情というものに近いものであったのかもしれません。 

 

2019/12 

https://www1.e-hon.ne.jp/images/syoseki/ac/62/33897362.jpg