りぼんの読書ノート

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オーブランの少女(深緑野分)

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著者は、パート書店員から専業作家に転身した若い女性です。基本はミステリなのですが、2010年に本書でデビューした後、すでに2度も直木賞候補となっているという実力の持ち主。この著者の作品をはじめて読みましたが、確かに独特の視点を備えた作家でした。 

 

「オーブランの少女」 

美しい庭園オーブランを管理している老いた姉妹には、どのような秘密があったのでしょう。姉が悪鬼のような老婆に殺害され、妹が自殺するという異様な事件の真相は、はるか昔の戦時中にまで遡るものでした。都会の片隅にある幻想的な庭園が、一転してユダヤ人迫害問題と関わってくるという発想が素晴らしい。 

 

「仮面」 

美しい踊り子のリリューシカに心を奪われたアトキンソン医師は、亡夫が遺したショーパブを閉鎖しようとしているというベツィ夫人の殺害に加担してしまうのですが・・。リリューシカの逞しい姉がいいキャラですね。おひとよしでドジなアトキンソン医師には、もっと活躍して欲しいものです。 

 

「大雨とトマト」 

大雨の日に料理屋に入ってきた少女は「トマトが食べたい」と言い出します。しかも彼女は「父親を捜している」というのです。父親の存在と、謎の常連客と、不良息子の素行と、お金が貯まらない募金箱の謎が一気に解けるラストもいいですが、その全部に心当たりがある小心者の料理店主のドキドキ感がたまりません。 

 

「片思い」 

昭和初期の東京で、高校の寄宿舎で相部屋のお嬢様が抱える秘密とは何だったのでしょう。語り手の少女と、ヒロインのお嬢様と、作中には登場しない不在の少女の不確かで不自然な三角関係を描いて、絵空事にもドロドロにもしない著者の力量は確かなものです。 

 

「氷の帝国」 

氷河から流れ出た首なし死体の心当たりについて、吟遊詩人が言い伝えを語り始めます。それは残酷な皇帝が治める帝国で起こった、冷酷で美しい皇女が関わった事件でした。理不尽な世界で信条を貫くことの難しさという点で、表題作と対になっている作品なのでしょう。 

 

2019/12