りぼんの読書ノート

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大西洋の海草のように(ファトゥ・ディオム)

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2002年の日韓ワールドカップでかつての宗主国フランスを破るという大金星をあげたセネガルは、ベスト8にまで進出して大きな話題になりました。その試合をクライマックスとする本書は、1968年にセネガルの離島に生まれ、現在はフランスに住んでいる女流作家が書いた自叙伝的な小説です。

 

非嫡出子だったが故に村社会から差別を受けて育った著者は、13歳の時に島を出て苦学しながら進学した大学でフランス人男性と知り合って結婚。夫の故郷ストラスブールに住み始めたものの2年後に離婚。バイトしながら大学での研究と執筆を続けた末に2001年に作家としてデビュー。本書の主人公サリの経歴は、そのまま著者と重なります。

 

そんなサリはフランスでの移民差別の実態や不法滞在者の悲惨な生活を知っているが故に、フランス行きに憧れる弟たちを止めにかかります。しかし慣習や迷信や原理主義の影響によって女性を蔑視している島の男たちは、彼女の言うことなど聞こうもしません。それどころか自分の幸運を皆に分け与えようとしない吝嗇な女として、共同体から疎外されてしまうのです。ワールドカップにおけるセネガルの躍進は、愚かな弟たちの心に変化をもたらすことができるのでしょうか。

 

セネガルもフランスも愛しているのに、どちらも理想社会からほど遠い。国やアイデンティティの境界線を引かずに、複数の文化と言語の間を「大西洋の海藻のように」漂って生き、「自由に生きて死にたい」というサリの思いは、決して絶望の言葉ではありません。著者が作品ににじませたおおらかな人間愛の現われなのです。

 

2021/11