りぼんの読書ノート

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甘美なる作戦(イアン・マキューアン)

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米ソ冷戦ただなかの1970年代。かろうじてケンブリッジ大を卒業し、不倫相手の男性にスカウトされてMI5の一員となったセリーナの仕事は、単純な事務作業ばかり。そんな彼女に訪れたチャンスは、「文化工作のために、反共作家を支援する」という「スウィート・トゥース作戦」で、小説家を担当するという任務。

架空の財団の職員として、トーマス・ヘイリーという若い小説家に接近したセリーナは、あろうことか彼と愛し合うようになってしまいます。もちろん素性は明かせないため、トーマスが反資本主義的な作品を書こうとするなど、悲喜劇的な出来事も起こります。仕事と恋愛を、故意にあるいは無意識に混同してしまう、男の狡さと若い女の愚かさが描かれる中盤は、ビター・スウィート。

そしてトーマスが文学賞を受賞したときに、真相がマスコミに暴かれるという破滅的な事件が起こるのですが、ラストの数ページに仕組まれたトリックこそが、本書の最も甘美な部分。これまで読者がたどってきたプロットが一気に覆され、本書の語り手の存在も、本書が小説となった経緯も解明するのですが、その背景として想像される出来事が、あまりにもロマンチックなのですから。

この作家にとって、「作家が小説を書くということ」はどういうことなのか。傑作贖罪を彷彿とさせるような展開ですね。「トリックなしに人生をページに再現することは不可能だ」と言ったトムの言葉も、「結婚してください」で終わる小説が好きだったというセリーナの性格も含めて、本書の全体が「隠し味」になっています。

「マネキンに恋する男の話」や、「言葉を話すサルの話」や「確率論を取り入れた恋愛もの」など、トーマスの小説として紹介される物語のプロットは、著身の過去の習作だそうです。とすると、著者自身を「本書の書き手」とみなすメタフィクション的なプロットなのかもしれません。

2015/1