りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

メダリオン(ゾフィア・ナウコフスカ)

1884年にワルシャワで生まれて作家になった著者は、両大戦間期ポーランド文学協会で唯一の女性会員だったそうです。ドイツによる占領期間には母と妹とタバコ屋を営んで生計を立てつつ地下文学活動にも加わっていたとのこと。戦後はナチス犯罪調査委員会の一員となり、被害者の証言をもとに書かれた本書は、世界最初期のホロコースト文学となりました。口証文学的な要素も色濃く、『戦争は女の顔をしていない(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)』の先駆けとも言えるように思えます。

 

「シュパンナー教授」

ナチス犯罪のおぞましさを象徴すす人体からの石鹸作りという出来事を、広く世間に知らしめた作品です。もっとも死体の脂肪を用いた石鹸が大量生産されることはなかったようで、この作品の中でも示唆されているだけです。

 

「底」

家族の中でただひとり生き残った女性が、おぞましい体験を淡々と語り始めます。彼女は絶望のあまりに感情すら失ってしまったかのようです。

 

「墓場の女」

壁に囲まれたゲットーの中で行われていたことは、外部から見ることはできませんでした。しかし音や声から窺い知ることはできたのです。

 

「線路脇で」

ユダヤ人運搬列車から飛び降りて、瀕死の状態で線路脇にうずくまっている女性を救助しなかったポーランド人たちもまた、断罪されるべきなのでしょうか。

 

「ドゥボイラ・ジェロナ」

彼女もまた家族を失って生き残ったユダヤ人女性です。赤軍に解放されて自由になった時も呆然と立ちすくんでいただけだったのは、自由を喜ぶ力すら残っていなかったためでした。

 

「草地」

「草地に行け」という言葉は、死を意味していたとのこと。語り手が奇跡的に生き残った者なのか、傍観者だったのか、それとも加担する側にいたのかも示されないまま終わるこの作品は、かえってリアリティを感じさせます。

 

「人間は強い」

その収容所のガス室は、大きな屋敷を通り抜けた先にあったそうです。美しい屋敷に入るよう命じられた囚人たちに一瞬よぎったであろう希望の残酷なこと!

 

アウシュヴィッツの大人たちと子供たち」

先行する7編のまとめであるこの作品には、著者の考察が示されています。ナチス犯罪の責任は個々の加害者を生んだ教育やシステムにあるとの考察は、当時は先駆的だったように思えます。

 

2023/5