りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

タワー(ペ・ミョンフン)

2009年に刊行された、韓国SFの草分け的な作品である連作短編集です。物語の舞台となるタワーは674階建てで、人口50万人におよぶ地上最大の巨大摩天楼であり、「ビーンスターク」という名称は「ジャックと豆の木」に由来するとのこと。ビーンスタークは対外的に承認された主権を持つ独立国家であり、敷地外は外国という設定。21階までは外国人も出入りできる非武装地帯で、22階から25階は軍隊も駐留する国境地帯。上層部にいくほど富裕層が増えていくのは普通の高層マンションと同じですね。もっともビーンスターク自体が、韓国社会を象徴しているものであることは、各短篇の端々から容易に想像がつくことです。

 

「東方の三博士 - 犬入りバージョン」

贈答用高級洋酒の流通経路をたどることで、重力場ならぬ権力場の構造を解明しようとする実験の経緯が語られます。いったん高級洋酒が入ったら二度と出てこないブラックホールに住んでいるのは何者なのでしょう。3人の若手研究者たちが複雑怪奇なエレベーターを乗り換えながら巨大タワーの構造を紹介していく、イントロダクション的な役割も担っています。

 

「自然礼賛」

高層階住民の間には低所恐怖症者が多いとのこと。貧民層の多い低層階や、外国であるタワー外に出られないという症状は、韓国の政治家や富裕層を皮肉っているのでしょう。スキャンダルを暴露して政府批判者の口を封じる風潮には2008年の政権交代以降の重苦しい雰囲気が反映されており、再開発地区で起きた死亡事故も現実に起きた再開発反対運動事件がモデルだとのことです。

 

タクラマカン配達事故」

国家に見捨てられた傭兵パイロットを救ったのは、国境を越えて広がったインターネットを用いた人々の善意でした。著者はこの作品について「当時の自分は純情で楽観的に過ぎた」と語っているとのことですが・・。

 

「エレベーター機動演習」

荷物を上下に輸送する「垂直派」と各階で荷物を運ぶ「水平派」のイデオロギー対立は、韓国の右派と左派の対立を思わせます。分断が激しくなっていく中で、同じ520階で出会った境遇の違う男女の出会いと別れには、感傷的な思いを抱いてしまいます。

 

「広場の阿弥陀仏

視聴者前広場に集合したデモを鎮圧するために用いられたのは、騎馬警備隊に配備された1頭の象でした。実は心優しい象と下層外国人の飼育係の間に芽生えた友情は微笑ましいものですが、結末は悲劇的です。

 

「シャーリアにかなうもの」

ビーンスターク国の仮想的は、旧ソ連の流れをひいたコスモマフィア国でした。無責任な政治家によって引き起こされた戦争状態はタワーに壊滅的な打撃をもたらしてしまうのでしょうか。本書執筆当時の著者が、社会の矛盾に警鐘を鳴らしつつも、人間の善意に信頼を抱いていたことが理解できる作品です。

 

他には、「自然礼賛」に登場する作家の作品とされる「作家Kの『熊神の午後』より」、地域社会が急激に変貌していく様子をカフェの衰退を通じて描いた「カフェ・ビーンズ・トーキング」、第1章で権力場んおひとつとされた犬の俳優への「いかれたインタビュー」が収録されています。

 

2023/5