『オブ・ザ・ベースボール』に続く第2短編集である本書では、時間についてのさまざまな考察を主題にしているようです。ただし超絶技巧を用いた言語遊戯がいきすぎて、悪ふざけにしか思えない作品もあるのです。
「後藤さんのこと」
粒子でも波動でもあり、死体でも不死でもあり、次世代エネルギー源でもあり、全宇宙的に一斉消失してしまう「後藤さん」とは、いったい何に仮託された存在なのでしょう。ヒントは最後に登場する説にあるようです。超光速通信技術こそが後藤さんであり、光の速度を超えることが一番単純な過去への道だというのですが・・。
「さかしま」
時間というものを壺中天に閉じ込めたものが宇宙なのでしょうか。テラに発祥した人類が何らかの災厄を逃れるために用意した退避領域が、現在の人類の生存権なのでしょうか。後に『エピローグ』に登場する「イザナミシステム」に発展していく概念ですね。
「考速」
スピノザの『エチカ』における公理2「他のものによって考えられないものはそれ自身によって考えられねばならない」は、書物内ので一度も用いられることのない独立した公理系だそうです。思考の速度とは思考のの速度を超えられないにもかかわらず、速い思考と遅い思考が存在するのはなぜなのでしょう。
「The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire」
銀河帝国とは、どのような存在であり、なぜ滅亡してしまったのでしょう。ラストに登場する、暗闇の中に目覚めた少年幼帝と少女幼帝が対峙して殺害するイメージに到達するまでは、ほとんど悪ふざけとしか言いようがないのですが。
始まりも終わりもない遺書とは、全宇宙の全時間を包含しているものなのでしょうか。それならば、時間の因果律を覆して、時間を逆行することも可能なのでしょうか。しょせん全てはガベージにしかすぎないのですが。
「墓標天球」
ほんとうの時間が生まれる前のループ世界の中で、時間を異なる方へと進む3人の男女が交叉して物語を生み出します。「インペトゥム=創造のあと単純な創造を繰り返す力」が自動生成し続ける世界を切り裂くものは揺るがない視点でしかないのかもしれません。ほとんど意味不明ながら、なぜかロマンティックな作品です。
2020/10