りぼんの読書ノート

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丁庄の夢(閻連科 エン・レンカ)

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中国河南省の小村である丁庄村は死の匂いに満ちていました。10年前に政府の売血政策に乗って富を得ようとした結果、不衛生な採血によってエイズが蔓延してしまったのです。村人たちがひとりひとり、木の葉が風でハラリと落ちるように、灯が消えるように死を迎えていく中で、病人たちは学校で共同生活を始めるのですが、そこも決して病人たちの安住の地ではありませんでした。

 

語り手は、すでに亡くなっている12歳の少年です。少年の父は、かつて売血王として財をなし、今はまた政府が支給する棺桶の闇商売や死後結婚の縁組ビジネスで稼いでおり、村人たちの怒りを一身に浴びている金の亡者。少年はそのために毒を盛られて死んでしまったのです。その一方で少年の祖父は、非正規の教員を長年務めて「先生」と敬愛される人格者であり、病人の共同生活を発案して世話係となりますが、村人たちの一家への恨みは消えません。祖父は世話係の地位から追われ、一種のユートピアとなっていた共同生活も崩壊していくのでした。

 

このような状況においても村人たちは金と面子に支配されているようです。ともに離縁同然の扱いを受けているエイズ患者同士の純愛は賊愛(姦通)とみなされ、結局は手切れ金や相続の話になってしまいます。祖父を世話係から追い出した者たちは、学校の備品や樹木などの村の共有財産を私物化するのです。こういったひとりひとりの行動が、村にエイズを呼び込み、村の崩壊を速めていくのですが、それに気づいているのは語り手の少年だけなのでしょう。そして祖父の怒りが、一線を超える時が訪れます。

 

中国農村のエイズ禍は事実であり、感染者は100万人にものぼると言われています。よく中国で発刊されたと思いますが、2005年の出版後に再販禁止処分となっているとのこと。日本語訳は2007年に出版されていますが、新型コロナ禍のもとで「厄災に向き合って」という著者自身のエッセイを添えた新装版が本書です。「人類が災難に直面したとき異なる音が存在しないことが最大の災難なのだ」という、著者の使命感には心を打たれます。

 

2020/10