りぼんの読書ノート

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愉楽(閻連科)エン・レンカ

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国が指導した売血政策によってエイズが蔓延してしまった貧村の悲劇を描いた『丁庄の夢』と同様に、中国の国家当局への批判精神に溢れた作品です。本書は発禁処分にこそならなかったものの、「反国家」「反体制」「反革命」など、あらゆる「反」で始まる言葉で酷評を受けたとのこと。

 

本書の舞台は、誰からも忘れ去られていた山奥の寒村・受活村です。明建国の英雄を世話した不具の老婆が開いたとの伝説が残る村の住民は、今でもほとんどが身障者ばかり。長征に参加した際に凍傷と骨折で不具となった元紅軍兵士の芽枝が村に住み着いたことをきっかけとして、今では地方の行政組織に組み入れられています。しかし村の長老となった芽枝婆は悔やんでいるのです。大躍進や文化大革命という中央の政策が村に悲劇をもたらしただけでなく、障碍者を差別する県の健常者たちからも手ひどく扱われてきたのですから。今では彼女の願いは、行政組織から「退社」することだけ。

 

そんな時、新たに県長となった男が、新生ロシアが旧ソ連の遺物を持て余しているという新聞記事を読んで、突拍子もないアイディアを思いつきます。レーニンの遺体を買い取って村の観光資源としようというのです。その資金を集めるために、超絶技能を持つ受活村の身障者たちを集めて絶技団を編成。村への見返りはもちろん「退社」の約束です。かくして断脚跳飛の片足少年、耳上爆発のつんぼ、独眼穿針の片目、葉上刺繍の下半身不随女、総耳聴音の盲目少女、装脚瓶靴の小児麻痺などのメンバーが集められました。ショーの司会役は絶世の美女ながら小人に生まれた芽枝婆の孫娘の三つ子たち。絶技団の公演は中国各地で大人気となり、レーニン遺体の購入資金を集めることができたと思われたのですが・・。

 

社会主義的リアリズムを文学抹殺の元凶として否定する著者は、南米起源の魔術的リアリズムの影響を受けたことを否定していません。独特の物語世界が繰り広げられますが、中国において社会主義がもたらした人災の規模や、健常者の身障者への差別意識や、改革開放によって爆発的に広まった拝金主義については誇張でもなんでもないのかもしれません。受活村の人々ですら、孤絶していた頃の幸福な暮らしも、行政組織に「入社」した後の災難も忘れて、ひたすら金銭に執着するようになっていることに、著者の深い悲しみを感じるのです。

 

2021/6