りぼんの読書ノート

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光と風と夢・わが西遊記(中島敦)

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タイトル作の「光と風と夢」は、サモアに移り住んだ『宝島』の作者スティーヴンスンの晩年を、書簡をもとに日記体で再生させた作品です。当初は「ツシタラの死」というタイトルで発表された作品であり、ツシタラとはサモア語で「物語の語り手」という意味だそうです。

 

著者は明らかに、半世紀前に亡くなったスティーヴンスンに自分自身を投影させています。確かに共通点も多いのです。生来病弱で壮年期に病死したこと、エキゾチックな異文化に憧れて奇譚的な物語文学の書き手になったこと、そして南洋に居住して原住の人々と親しく交わったこと。著者は晩年に何度もパラオを訪れているのです。スティーブンスンは、独英仏がサモアの覇を争いながら植民地主義的な支配を強めていくことに強く反対していましたが、それは白人社会における彼自身の立場を不利にしていくだけの結果に終わりました。そして半世紀後のパラオで著者が見た「日本人がいばっている姿」と重なっていきます。

 

この作品は同時に著者の文学論でもあるようです。スティーヴンスンに語らせている「無用の形容詞や視覚的描写の敵視」、「哲学的観念を物語に優先させることの否定」、「筋のない小説や自己告白小説への反論」などは、もちろん著者自身の主張なのでしょう。それは著者の代表作を一読すれば明らかです。

 

併録されている「わが西遊記」は「悟浄出世」と「悟浄譚異」の2つの短編からなる未完の作品です。天界を追われた捲簾大将の生まれ変わりとされながら、自己の存在に関する根源的な疑問に苛まれた沙悟浄の視点からの「西遊記」ですね。「出世」では三蔵法師一行に出会う前の精神遍歴が、「譚異」では三蔵法師一行の観察評価が語られます。孫悟空は無邪気な天才であり、三蔵法師は外的な弱さを内なる貴さで強さに変える魅力を持ち、享楽主義的な猪八戒ですら心の奥底には幻滅と絶望を抱いているというのです。晩年に書き始められたこの作品が、未完に終わったことが惜しまれます。

 

2020/10