出世が遅れていた定家ですが、50歳を過ぎてようやく公卿に相当する正三位に昇格。もっとも歌人としての業績を認められたからではなく、姉の九条尼が当時権勢を誇っていた藤原兼子に荘園を寄贈するなどの猟官運動の成果であるので、あまり威張れたものでは…
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