りぼんの読書ノート

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若き日の詩人たちの肖像 下(堀田善衞)

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日米開戦とともに、時代の闇は一段と深くなっていくようです。それは特高や右翼が、緒戦の戦果を「自分たちの勝利」と認識していることに象徴されていました。やがてその感覚は国民に強制され、世間に広く蔓延してしまうのです。 

 

著者の分身である主人公は、新宿を根城にするデカダン詩人たちである「冬の皇帝」、「アリョーシャ」、「ルナ」、「短歌文芸学」らや、学究肌の新橋サロンの仲間である「汐留君」、「白柳君」、「ドクトル」、「澄江君」、「黒眼鏡の光をきらう君」、「遠いい少年」らと出会います。体制翼賛のうねりの中で同人誌の統合という滑稽な試みも行われたようで、主人公は両者の橋渡しを依頼されますが、「時局的でない」ことが唯一の共通項というだけではうまくいくはずもありません。 

 

新橋サロンのメンバーには、加藤周一田村隆一という戦後の日本で活躍した方々も含まれているのですが、新宿の詩人たちの大半は無名のままで終わった方が多いようです。それどころか、逮捕、召集、出征、病気、転向などによって、ほとんど根絶やしにされてしまった人たちが大半なのです。やがて国際文化振興会なるところに就職していた主人公に召集令状が来たところで物語は終わります。著者は実際には、すぐに病気除隊となって、終戦間際に赴任した国際文化振興会の上海資料室で敗戦を迎えるのですが、そこに有意差はありません。 

 

著者はこの時代について「誰にも自分の生命が、戦争という不意の魔に襲われて、それとの対決において燃えしきることが見えていた時代」と綴っています。そして本書の影の主人公は、詩人たちを殺戮していった当時の日本帝国であり、この作品は「国家の暴横に対する怒りの文学であったかもしれない」とまで言い切っているのです。 

 

若い人たちに読んで欲しい作品なのですが、もう難しいですね。せめて、著者と親交が深かった宮崎駿さんのジブリ作品を見て、何かを感じ取って欲しいものです。 

 

2020/9