りぼんの読書ノート

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薫香のカナピウム(上田早夕里)

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華竜の宮で、滅亡しつつある人類が姿を変えて生きのびようとする闘いを描いた著者が、視点を変えて描いた作品です。

本書の主人公は、熱帯雨林で樹上生活をしている部族の少女・愛琉。表題のカナピウムとは「林冠=カノピー」のことなのです。定住している少女たちのもとを訪れた「巡りの者たち」。さてはこちらが男性社会かと思ったら、完全に意表を衝かれました。では、ここはどういう世界なのでしょう。

この場所は頭上に静止衛星が煌めく東南アジアなのですが、衛星上に住んでいるのは「巨人たち」という支配的な存在。彼らは時折、軌道エレベーターを使って地上に降りてくることもあるようです。一方で、密林に侵入者が増えているのは、周囲の世界が崩壊しつつあるからであり、そのあたりはまるで『結晶世界(バラード)』のよう。やがて愛琉は、自分たちが森の生態系から生まれた生物ではなく、何らかの目的で組み込まれた存在であると気づいていきます。

樹上生活の描写は生き生きとしており、愛琉が「世界の不自然さ」に気づいていく過程も自然です。思春期の少女が「自分と世界の関係」に思い悩む様子は、現代と変わるものではないのです。それだけに、後半が説明的になりすぎたのが惜しまれますが、彼女たちが「今後の生き方」を選択するラストは、再度リズムを取り戻しました。

著者が以前の作品で触れていたように、「そんな世界でも生きる値打ちはある」と感じる登場人物たちの物語は、「小説として書く価値がある」のです。そしてそれがSFの醍醐味なのです。

2015/8