りぼんの読書ノート

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べらぼうくん(万城目学)

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著者は、「おもしろいエッセイとは人がうまくいっていない話について書かれたもの」という価値観を持っているとのこと。出版社からエッセイ連載を依頼され、「作家としてそこそこうまくいっている日常」をおくっているという著者が思いついたのは「青春期」でした。

 

一浪で入った大学を無為に過ごし、超就職氷河期時代に卒業して「失われた10年」を肌で感じ、せっかく得た安定した職を捨てて小説家になるべく無職を選択。「どう見ても無謀で勝算なき歩みの裏側」を描いた「青春期」は、やはりおもしろいのです。

 

とはいえ著者が卒業したのは、京都大学法学部です。いくら司法試験や国家公務員を目指すエリートたちに引け目を感じて無為感に苛まれていたとはいえ、「有名大学に入れば人生はバラ色になる」イズムに侵されていた学生時代までは、まだまだ幸福なほう。小説を書こうとして失敗したとか、内定をもらえずに現実路線を選択してメーカーの工場に就職するあたりでも、まだまだ勝ち組の部類です。

 

本書がおもしろくなるのは、やはり「無食編」に突入してからでしょう。両親には「東京本社転勤」と嘘をついて上京し、母親が相続していた雑居ビルに管理人として済んだために住居費は不要だったものの、会社時代の貯えを減らしながら新人賞レースに落選し続けた、あてのない日々。それは「書くべきものを見つけるまでの難しさ」であり、「独りよがりを燃やし尽くすまでの時期」であったのでしょう。純文学指向のままでは、あの鮮烈なデビュー作『鴨川ホルモー』は生まれなかったでしょうからね。ワープロで書いていた作品を奇跡的にMS-DOS変換できなければ、WEB応募限定の新人賞授賞はなかったという「秘話」もあったとのことです。

 

余談ながら、著者が「発見」したことで印象に残ったことを記しておきましょう。元禄文化化政文化という高度な文化がなぜわずか30年程度で衰退してしまったのでしょうか。著者は90年代Jポップの衰退を見て、天才揃いの第一世代を凌駕できる第二世代が育たない限り、30年という一世代分の活躍でピークアウトすると気付いたとのことです。確かにモーニング娘。やAKB48の栄枯盛衰からも同じことを感じます。

 

2020/10