りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2021-01-01から1年間の記事一覧

恋するアダム(イアン・マキューアン)

『ピグマリオン』の昔から人造物に恋をしてしまう人間の物語は数多くあるけれど、ディプラーニングの出現によってAIとの恋愛は可能になるのかもしれません。もっとも不完全で矛盾した存在である人間のほうが、AIから愛想をつかされてしまう可能性の方が…

偽姉妹(山崎ナオコーラ)

叶姉妹のことはほとんど知らないし、阿佐ヶ谷姉妹のこともTVで見る情報しか持っていないけれど、どちらもビジネス上だけの偽姉妹なのに、いかにも本物の姉妹のように見えてしまいます。阿佐ヶ谷姉妹によって発想を得たという本書は、実の姉妹よりもまった…

現想と幻実(ル=グィン)

『ゲド戦記シリーズ』や『闇の左手』をはじめとする「ハイニッシュシリーズ」の著者に、まだ未邦訳だった短編があったのですね。現実世界を舞台としつつも幻想的な要素が入り込んでくる「現想編」と、宇宙や仮想世界を舞台としつつも妙にリアリスティックな…

烏有此譚(円城塔)

タイトルは「うゆうしたん」と読みます。「烏(いずくん)ぞ此の譚(はなし)有らんや」と読み下す漢文だとのことであり、「まあこんな話はないよね」くらいの意味です。 従って本書の「本文」は、要するにホラ話。ポンペイの遺跡から発掘された人型の空洞か…

サキの忘れ物(津村記久子)

著者が作り上げる独特の優しい世界は、必ずしもサキの短編のような結末を必要とはしていないのですが、表題作のエンディングは素敵です。 「サキの忘れ物」 バイト先の喫茶店で客が忘れていった1冊の本が、これまで本を読み通すことができなかった女性の人…

息吹(テッド・チャン)

第1短編集『あなたの人生の物語』以来17年ぶりの第2短編集というから、寡作にもほどがあります。しかし2年に1編程度のペースで短編を発表していたにもかかわらず、彼の作品は多くのSF賞を受賞し、映画化されてヒットし、オバマ前大統領から推薦され…

姉の島(村田喜代子)

『飛族』の舞台である「朝鮮との国境近くの島」とは別の島なのでしょうが、本書の舞台も五島列島の端の方のようです。年老いた海女が「この世とあの世の境界」を超えるような体験をする点も共通しています。しかし本書は、国家と戦争についてもう少し踏み込…

82年生まれ、キム・ジヨン(チョ・ナムジュ)

東京オリンピックで金メダルを取った韓国のアーチェリー女子選手が、ショートカットのせいで「フェミニスト」と「中傷」されたということです。韓国で起こっている「フェミニストとアンチ・フェミニストの対立」の激しさを思い知らされる事件でしたが、その…

炎上する君(西加奈子)

いつでも誰もが何かと戦っていて、疲れ果ててしまうような現代社会。本書は、そんな人々に贈られた「大人の童話集」なのでしょう。 「太陽の上」 「太陽」という名の中華料理店の階上にあるアパートに住んでいる女性は、3年間も部屋の外に出ていません。彼…

「グレート・ギャツビー」を追え(ジョン・グリシャム)

『法律事務所』や『ペリカン文書』で華々しくデビューしたグリシャムの作品をあまり読まなくなったのは、『ペインテッド・ハウス』を読んでからでしょうか。つまらなかったからではなく、自伝的要素を多く含む少年の物語が素晴らしすぎて、明らかにフィクシ…

とりあえずウミガメのスープを仕込もう。(宮下奈都)

婚約を破棄された女性が料理によって救われる『太陽のパスタ、豆のスープ』や、小さなレストランを舞台とする連作小説『誰かが足りない』で、さまざまな料理を美味しそうに描いた著者ですから、さぞ料理が上手な方だろうと思っていました。本書を読んで納得…

ゴーストハント7 扉を開けて(小野不由美)

能登の事件を解決して東京への帰路についた一行は、道に迷って山に囲まれたダム湖に辿り着いてしまいます。しかしこの湖こそナルが探し求めていた場所だったのです。ナルはなぜ、突然のオフィス閉鎖を宣言したのでしょう。ようやくナルの正体や目的が明らか…

ゴーストハント6 海からくるもの(小野不由美)

代替わりのたびに多くの死人を出すという言い伝えが残る旧家の依頼で、ゴーストハンターたちは能登に飛びます。当主であった祖父が亡くなってすぐに幼い姪の身体に異変が起こったというのです。それは一族にかけられた呪いなのでしょうか。 しかしゴーストハ…

四隣人の食卓(ク・ビョンモ)

日韓関係は改善の気配を見せませんが、韓国女流文学が日本で密かなブームになっているようです。華やかな韓流ドラマやKポップスと異なって、弱者の視点から社会問題を描いた作品であることが、日本の読者の関心を惹いたのかもしれません。韓国社会の負の部…

紅霞後宮物語 第12幕(雪村花菜)

架空の王朝「宸」の軍人皇后として、後に神格化される小玉の物語を軽妙に語る人気シリーズの第12作では、ひとつの物語に決着がつきました。 前巻で皇帝の落胤を孕んだ「悪女面の美女」仙娥の罠にはまり、小玉は皇后の地位を剥奪されてしまいました。冷宮と…

2021/10 Best 3

1. 戦争は女の顔をしていない(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ) 著者は2015年のノーベル文学賞を受賞した著者の代表作ですが、本書をめぐっては「文学論議」が起こりました。自らをジャーナリストであるとする著者の地の文はほんのわずかであり…

帝国のベッドルーム(ブレット・イーストン・エリス)

めちゃくちゃ後味が悪かった『レス・ザン・ゼロ』の続編と気付かずに読み始めてしまいました。1985年に学生だったクレイは、2010年には中年の映画脚本家になっています。当時恋人だったブレアとの関係は希薄になっているようですが、かつてセックス…

おもちゃ絵芳藤(谷津矢車)

幕末の大絵師・歌川国芳の死後、残された弟子たちは時代が明治へと大きく急展開する中で苦闘せざるをえません。語り手は、人徳はあるものの才能のなさを痛感している歌川芳藤です。後輩絵師からも「華がない」と酷評され、版元からは「おもちゃ絵」と呼ばれ…

もう死んでいる十二人の女たちと(パク・ソルメ)

「韓国で最も独創的な問題作を書く新鋭作家」とのことですが、なんともわかりにくい作風です。女性暴行事件、原発事故、光州事件などの社会的問題と向き合っていることは理解できるのですが、事件と著者との距離感が独創的で幻想的で、作品を理解するための…

大天使はミモザの香り(高野史緒)

近世ヨーロッパを舞台とする「音楽スチームパンク」とでも言うしかないSFジャンルを生み出した著者の2019年の作品ですが、本書はミステリであってSF的な要素は含まれていません。 平凡なアマチュアオーケストラ団員である、アラフォー地味美女の光子…

炉辺の風おと(梨木香歩)

2018年4月から2020年5月にかけての約2年間、毎日新聞の日曜版に連載されていたエッセイです。梨木さんは八ヶ岳の麓に山荘を購入されていたのですね。東京から気軽に出かけられる「里山と原生林の中間くらい」の場所は、自然派の著者にとって使い…

ゴーストハント5 鮮血の迷宮(小野不由美)

「ゴーストハント」と改題された旧「悪霊シリーズ」の第5作は、荻原規子さんや辻村深月さんをはじめ多くの読者が「最恐」と述べている作品です。ただし本書の怖さは西洋的であり、私には第2作『人形の檻』のような日本的なもののほうが恐ろしいと思えます…

ゴーストハント4 死霊遊戯(小野不由美)

「ゴーストハント」と改題された旧「悪霊シリーズ」の第4作。ごく普通の女子高生である谷山麻衣のバイト先は、17歳の美少年ナルが所長を務める渋谷サイキックセンター。陰陽師らしき助手のリンさんをはじめ、仕事でチームを組む、拝み屋のボーサンこと滝…

イレーナ、永遠の地(マリア・V・スナイダー)

『毒見師イレーナ』に始まる長い物語が第6巻にあたる本書で完結しました。このシリーズの特色は、法の下で個人の権利が厳しく制限される平等な国家と、魔術師というエリート層の支配下で自由や文化を満喫できる国家の比較にあったのですが、両国の関係が友…

男も女もみんなフェミニストでなきゃ(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ)

『半分のぼった黄色い太陽』や『アメリカーナ』でベストセラー作家となった、ナイジェリア出身の女性作家によるTEDスピーチです。2012年に行われたこのスピーチは話題となり、ディオールのパリコレでも同名のロゴTシャツが登場するほどだったそうで…

戦争は女の顔をしていない(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)

著者は2015年のノーベル文学賞受賞者ですが、最初に読んだ『セカンドハンドの時代』には驚きました。M1グランプリで漫才論議があったように、これが文学なのかと思ったのです。自らをジャーナリストであるとする著者の地の文はほんのわずかであり、ほ…

古都(川端康成)

言わずと知れた日本人で初めてノーベル文学賞を受賞した大作家ですが、今まで数冊しか読んだことがありません。小学校の国語の教科書で紹介されるような作家は苦手だったのです。原田マハさんの『異邦人(イリビト)』が本書へのオマージュであるとのことで…

朱夏(宮尾登美子)

土佐の高知の花街で生まれ育った著者は、高等女学校を卒業して代用教員となった翌年に17歳で同僚の教師と結婚。ここまでの生涯は、綾子という主人公の女性に託されて『櫂』と『春燈』で描かれています。そして「人間一人の一生にも匹敵する長さ」と思われ…

パチンコ 下(ミン・ジン・リー)

劣悪な環境の中で兄嫁とともに戦中の大阪を生き抜き、2人の息子を育て上げたソンジャのもとに、初恋の相手であったハンスが姿をあらわします。日本の裏社会で大きな存在感を持つハンスは、これまでもずっとソンジャの一家を助けていたというのです。しかし…

パチンコ 上(ミン・ジン・リー)

1979年に家族とともにソウルからニューヨークに移住した少女は、アメリカで弁護士となり、そして作家になりました。学生時代の1989年に着想を得たという在日コリアンの物語は、ひとたびは草稿もできあがったものの、東京在住時代に行った取材に基づ…