りぼんの読書ノート

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戦争は女の顔をしていない(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)

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著者は2015年のノーベル文学賞受賞者ですが、最初に読んだ『セカンドハンドの時代』には驚きました。M1グランプリで漫才論議があったように、これが文学なのかと思ったのです。自らをジャーナリストであるとする著者の地の文はほんのわずかであり、ほとんどがインタビューなのですから。しかし数多くの証言記録を読み終えて、深い感動に沈みながら思ったのです。やはりこれは文学であると。そしてその手法は、著者のデビュー作にして代表作である本書からずっと変わっていません。

 

本書のタイトルは「今まで戦争は男によって記されてきた」ということなのでしょう。戦争の背景や意義や経過や結果を論理的に綴ったものが大半であるところに、元女性兵士たちの肉声によって綴られた本書が登場したことは驚きだったことでしょう。ヒロシマナガサキ語り部の物語を彷彿とさせますが、数百人もの人々の声の集大成は、もはや個人的な思いを越えた歴史となっているのです。

 

第2次大戦に従軍した百万人を超える女性兵士たちは、看護婦や軍医や料理洗濯係だけでなく、歩兵、工兵、通信兵、狙撃兵、戦車兵、飛行士など、ほとんどの兵種に及んでいます。このような女性たちの大半は、祖国を守るために志願した兵士であったこと。そして年端もいかない少女たちが、想像を絶するような戦争の真実に触れてしまったこと。その一方で占領された地域の女性たちはパルチザンとして、家族が人質に取られているような苦しい戦闘を強いられたこと。

 

悲惨な物語ばかりではありません。戦場でのロマンスや、勝利の喜びや、綺麗さや可愛さなどの女性らしさをちょっぴりでも保とうとして苦労したことや、女性同士の友情など、美しく昇華された思い出も数多くあります。しかし、多くの女性が戦後は世間から白い目で見られ、みずからの戦争体験をひた隠しにしなければならなかったと聞くと、浮きたった心はたちまち凍りついてしまいます。それらを含めて本書には、著者がはじめて明らかにした真実がぎっしりと詰まっているのです。「インタビュー相手の沈黙に負けない執念と勇気と情熱を持ち、同時にいっしょに泣く感性を持ち合わせている」著者にしてはじめて成しえた偉業といっても差し支えないでしょう。

 

2021/10