りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

現想と幻実(ル=グィン)

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ゲド戦記シリーズ』や『闇の左手』をはじめとする「ハイニッシュシリーズ」の著者に、まだ未邦訳だった短編があったのですね。現実世界を舞台としつつも幻想的な要素が入り込んでくる「現想編」と、宇宙や仮想世界を舞台としつつも妙にリアリスティックな「幻実編」から成り立っています。

 

「現想編」

「ホースキャンプ」

乗馬体験キャンプを楽しみにしている少女たち。でもここでは少女たちが馬になって高原を走り回るかのようです。

 

「迷い子たち」

ショッピングモールに流れる笛の音が、大人の中に残っている忘れられた子供の性質を呼び覚ましていきます。モチーフはグリム童話ですね。

 

「文字列」「夢に遊ぶ者たち」「手、カップ、貝殻」

この3作は「海岸道路」と名付けられた中短編群の一部です。著者が長く住んだオレゴン州にあある架空の海辺の町クラットサンドを舞台としています。波が砂の上に書いた文字を読み取る少女。保守的なユタ州から逃れてきた中年女性に関する物騒な噂話をする人々。大学教授の妻であった祖母、大学教員となった母、大学生になったばかりの娘を中心とする3世代の家族。著者いわく「最上級の出来だと自覚しているが、リアリズムの範疇にあってもおさまりの悪い本」であって、売れ行きは悪かったそうです。

 

オレゴン州イーサ」

クラットサンドと同様にオレゴン州にあるイーサの町は、海岸地帯と内陸部を行き来しています。そんな不思議な町に住む人々も謎めいていて、地霊や精霊さらには地母神までもがいるようです。

 

「四時半」

年配の男性と女性、若い女性と男性という4人が登場する8編の物語。共通しているのは名前だけなのですが、まるでパラレルワールドを生きる人々の物語のように思えてきます。

 

「幻実編」

「背き続けて」

高度な文化とモラルを有する宇宙種族エクーメンが宇宙を駆け巡る「ハイニッシュシリーズ」の『世界の誕生日』の続編でしょう。エクーメンによって、別の惑星から来た支配者を駆逐して独立を手に入れた入植星でしたが、その後も長く混乱が続いていました。地位を追われて病んだ元族長と、息子たちを二度と会えない外宇宙の旅へと送り出した母親が出会います。

 

「狼藉者」

「眠れる森の美女」をモチーフとした作品です。深い茨を乗り越えて魔法で眠らされた城に潜入した主人公は、魔法を解除しませんでした。それは後にやってくる王子がやることであり、彼は魔法を満喫するだけの者なのです。そもそも観光とは狼藉であると言われているようです。

 

「あえて名を解く」

人間や動物に個人名を与える権利を与えられたイブは、それをアダムと神に突き返します。名前には個々の違いを認識させる効果があるものの、分断の手段にもなるものだったから。しかしアダムはその重要性に気付いていないようです。著者のお気に入りの作品とのこと。

 

「水甕」

砂漠を超える過酷な旅は、使用人が主人から与えられた試練なのか、報酬なのか。ファンタジー世界を成り立たせているものの本質に迫るような作品です。

 

2021/11