りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

世界の誕生日(ル=グィン)

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「エクーメン」なる緩やかな文明共同体の構成員が、ひとたびは宇宙全域に植民したものの滅び去ったハイニッシュ人の残滓を再発見していく、宇宙文化人類史的な「ハイニッシュ・ユニヴァース」シリーズ6作を含む短編集です。2002年の言の葉の樹以来、13年ぶりに翻訳出版されましたが、大半は90年代に書かれた作品です。

「愛がケメルを迎えしとき」
闇の左手にも登場する惑星ゲセンの人々は、性徴期「ケメル」のたびに性別が変わるため、両性の完全な平等が確保されているのです。しかしそのような社会では、愛と性とはどのような関係にあるのでしょう。

「セグリの事情」
極端に男性人口が少ない惑星セグリでは、女性が全ての権力を握る一方で、男性はあらゆる免除特権を持っているようです。しかしそこで、性的シンボル以外のなにものかになりたい男性は、どのよううに生きれば良いのでしょうか。

「求めぬ愛」
男女4人で結婚しながら、社会的ジェンダーによって許される関係と許されない関係を有する惑星では、ラブロマンスの在り方は悩ましい。しかし著者は「この社会は今の我々の社会とは違っているが、ジェイン・オースティンの時代の英国ほどにはちがっていない。おそらく、『源氏物語』の時代ともさほどちがっていないのではあるまいか」とコメントしています。
 
「山のしきたり」
男女4人で結婚する「求めぬ愛」の世界で、愛し合う2人が実質的な一夫一婦制を実現させようとするために、策略を練るのですが・・。「男装の女性」が登場するラブコメは、まるでシェイクスピアの作品のようです。

「孤独」
孤立を尊ぶ惑星ソロを調査する文化人類学者の母親と、そこで育った娘の物語。結婚・家族・政府などの関係を「魔法」として嫌悪する現地の文化に染まった娘は、母親が押し付けてくる「文明化」に激しく反発するのですが・・。両者の間関係をたとえば西洋文明とイスラム文化に置き換えてみると、。異なる価値観が共存できるのかというテーマは、今日的な問題でもあるのです。

「古い音楽と女奴隷たち」
奴隷たちの反乱が起きている惑星で、両者に中立であるエクーメン大使が、抑圧的な政府勢力側に拘束されてしまいます。美しく調和的な奴隷制社会と、破壊的な反乱勢力が対比されている、重いテーマを扱った作品です。

「世界の誕生日」
神権政治によって統治されている帝国で兄弟間の権力争いが起こり、次世代の神となるはずだった娘は、古い世界を滅ぼして新しい世界を迎える決断を下します。謎めいた宇宙人も登場しますが、社会の変革期を生き抜いた一人の女性の物語ですね。

「失われた楽園」
何世代もかけて外宇宙の惑星への移住を目指す巨大宇宙船は、閉鎖的ながら保護された社会です。外界は無であるとして、宇宙船による永遠の移動を真の目的とする宗教の誕生は、差し迫った問題ではなかったのですが・・。突然の状況変化は、激しい対立を引き起こすのでしょうか。アンチクライマックス的な結末ですが、宇宙文化人類学的には「正しい」のでしょう。

2018/9